petit a petit「pain et gateau」(19日)

アルチザン(フランス語で職人)とは、正しくは彼女のような存在のことを指すのかもしれない。「すこしずつ」という意味を持つpetit a petit(プ・ティ・タ・プ・ティ)は、中西麻由美さんが営むパン工房。石臼で挽いて細かくふるった小麦、そして自家製酵母で作った生地に吟味された素材を合わせてていねいに焼き上げられたパンは、ご自宅兼アトリエのある武蔵野市近郊なら直接、ご自身の手でお客さまのもとへ届けられる。

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「お店を持つのもいいんですけど、一人でやりたかったんです。自分がやれる範囲内で。そう、すこしずつ」

そんな彼女が作り出すパンは、ある意味とても独創的な味わいをたたえている。それぞれの素材がまっすぐにベースを支えながらも、ほのかな酸味としっかりとした歯ごたえは、どこか一つの芸術作品としての風格すら放っているのだ。それはあたかも、フレンチの一皿のごとく。「けっこう、好き嫌いがわかれると思います」と本人は笑うが、この繊細かつ、じつに力強い舌触りはちょっと感動を覚えるほど官能的で。なにより、そのパンに魅せられ虜になった10年来のリピーターの存在が、静かに熱い支持の多さを証明している。

だが、かといって孤高、というわけではもちろんない。

「ワインが好きで、スクールに通ったりしたんですけれど、けっこう奥が深くて。いくら学んでも追いつかない(笑)。でも基本的なことがわかってくると、『なるほど』ってことが意外とたくさんあって。(ヨーロッパの)南のワインと北のワインでは、ワインそのものの味わいもまるで違うし、それぞれに合う料理もまったく違うんです」

日照時間の多い、温暖な気候の中で育った葡萄を豊かに発酵させた赤ワインは、同じくそんなふうに育った果実をベースにした料理ととてもよく合うし、厳しい天気を耐えぬいた葡萄をベースにした静謐なたたずまいの白ワインは、身の締まった魚料理と相性がよかったりする。

「私が作るのはパンですけど、パンもいっしょに味わうほかの料理やワインがあってこそ、お互いが引き立てあって、はじめて成立するもので。だからこそ、私もただパン自体の味で勝負したいだけなんですよね。ほんとうは、具は何もなし、で作ってみたいくらい(笑)」

この揺らぎない作り手としての矜持(きょうじ)こそがpetit a petitの本質なのだろう。アルチザンたるゆえん、ここにありである。

そんなpetit a petitが今年もまた、もみじ市へやってくる。パン自体が主人公であり、食べてくれる人とのマリアージュ(幸福な組み合わせ)こそを願ってやまない、そんな穏やかなアルチザンの作品との邂逅がふたたび果たされるのは、調布河川敷にて、まもなく、だ。

【petit a petit 中西麻由美さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
03年から、主に通販と宅配でパンをお届けしています。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
モノトーン?(笑)。選ぶ服も黒、グレー、ベージュとかばかりで。いつもおなじ服を着ているように思われちゃいます(笑)。

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
パンはいつも通販などでお出ししているようなものを、いろんな種類持っていきます。あと、今回は焼き菓子も出そうかなと。外見からというよりは、中身にいろんなものを入れて、断面でカラフルを表現するというか。自分の範囲内でのカラフルに挑戦します(笑)。

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

さて、続いてはあの農家さんが採れたての野菜を積んでやってきます!

文●藤井道郎

get well soon「自家製酵母パン、クッキー」(19日)

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このお店を訪れることをとても楽しみにしていた。2008年から、もみじ市に参加してくれているお店。いつも大人気だから、スタッフをしている僕が食べることは叶わないのだけど、「いつか食べてみたい」と思いを募らせていた。その機会がやってきたのだ。そのお店の名前は「get well soon」。「早くよくなってね」という名の、八代絵里子さんとご主人の美智彦さんが営む、パンと焼き菓子のお店だ。

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大学を卒業後、都内の天然酵母パンのお店で働いていた絵里子さん。get well soonを始めてからはずっと、そこで学んだハード系のパンを焼いていたという。しかし最近は、そのハード系のパンに加えて、柔らかめのパンも焼くようにしているそう。その理由について尋ねてみたところ、ふたつのことを教えてくれた。

「まずひとつは、子供たちにも食べやすくて、かつ、体にも安心。それらを両立できるパンを作れたら、という理由です。糖分、乳製品、卵、油分、などを入れることによって、パンはしっとりと柔らかく甘く口溶けのよいものになります。けれど、そういうものは控えめに、だけど柔らかくてしっとりしていて、酸味も少なくて、それでいて栄養もあって、というパンを作りたかったのです」

たしかに、いわゆる天然酵母のパンのイメージは、酸味があって、ハードで、その食べ応えが美味しかったりもするのだけど、苦手だと感じる人もいるだろう。絵里子さんは菜種油と玄米甘酒を使って柔らかな食感を出し、玄米甘酒を発酵させた酵母を使うことによって天然酵母特有の酸味も抑え、思い描いていたイメージに近いパンを生み出した。

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一口食べてみる。もっちりとした心地よい食感と、噛むほどにおいしさが込み上げるパンは、とても食べやすく、あっという間に平らげてしまった。パンの中に入っている素材がみんな活き活きとしているように感じる。ブルーベリーのパンはベリー特有の酸味が効いている。白砂糖、牛乳を使っていない豆乳クリームパンは、それでも十分なほど甘く、口どけはさらりと軽やかだ。とても純粋な味。“素材の味を活かす”とはこういうことなんだと納得してしまった。

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「ずっとパンを作り続けてきて、いつももっと上を目指している気がします。これがもうひとつの理由かもしれません。他のおいしいパン屋さんのパンを食べたら、どうやってこういうパンを作れるんだろうと考えたり、自分でも作ってみたくなります。どこのパン屋さんでも、いや、パン屋さんにかぎらず、きっとだれもが上を目指しているのだろうと思いますが、そういうことの延長で自然に出来てきたという感じが、一番します」

絵里子さんがget well soonという屋号でパンを焼き始めてから今年で14年が経つ。その間、ずっとパンを作り続け、新しい味に挑戦し続けているというのは、簡単なことではないと思う。

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八代夫妻には8歳と4歳のお子さんがいる。お店に着くなり、「遊ぼう! ねぇ、遊ぼう!」と元気いっぱいに声をかけてくれた。人見知りをしない、人懐っこい子どもたちの笑顔を見ていると、ご両親から愛情をたくさんもらって育ってきたのが伝わってくる。ふたりとも、ご両親がつくるget well soonのパンが大好きなのだ。

お姉ちゃんのひなたちゃんは、小学校の社会科見学の授業で、自らが班長となって、班の子たちといっしょにget well soonを訪れ、食パンの作り方を教えてもらっていた。どうしてもここがよかったのだそうだ。弟の福太くんは、取材中、おかまいなしに店頭からクッキーをつまみ食いする。「あら、まだ食べるの?」という絵里子さんの優しい声。そんなやりとりにも触れて、僕はこの家族が大好きになった。本を読んだり、ピアノを弾いたり、庭の樹の枝からぶら下がっているブランコで一緒に遊んだり、石を集めて並べてみたり。子どもたちと一緒にたくさん遊んだ。

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2011年3月、福島はあの地震に襲われた。そして、原発の事故が起きた。その問題は今もなお解決してはいない。このブログを目にする方の中には放射能の問題などに敏感な方もいらっしゃると思う。get well soonのある棚倉町も低線量の地域であり、その量も震災後に比べかなり落ち着いてきたとはいえ、「以前と同じ」とは言いきれない。食べ物を作りお客さまに提供する作り手として、絵里子さんは今の状況を隠すことなく真摯に教えてくれる。使用している食材がどこでどんな風に作られたものなのか、というところから、工房のある場所の放射線量の状態とそれに対するご自身の考えや暮らし方に至るまで。とても詳細に。その上で絵里子さんはこう話す。

「100%安心ですとは情けないことに言えないのかもしれませんが、ほんのちょっとのリスクは承知の上で、でもできるだけ安全なものを生み出せるようにできる限りの工夫をしています、というのが正直なところかなと思います。ただ、たとえ福島県に位置していたとしても、get well soonならではのパンを求めていただけるように、という思いで、事故後は特に気合いを入れて作ってきたような気がします。そういうわけで、本当に、今回お声をかけていただいて、うれしく、ありがたく思っています。」

放射能の影響についてはさまざまな考え方があると思う。目に見える科学的なデータが全てではないようにも思う。本当のところ、その影響の大小を、100%正確に言える人はいないだろう。そしてこれは、放射能にかぎらず、添加物や、農薬や化学肥料など、さまざまなものに同じことが言えるような気がする。

では、安全な食べ物とはなんなのか。その答えは人それぞれだろうけれど、僕は、信頼に足る作り手の作る食べ物なんじゃないかと思っている。そして、それはget well soonのような真摯なパン屋さんの作る食べ物なのではないだろうか。だって、ここの子たちはこんなにもまっすぐに生きることを喜んでいる。母の、get well soonのパンを食べることで、こんなにも元気に生きている。

get well soonのパンを買うか、買わないかは訪れるみなさんの自由。だけど、もし買わない方でも、何も隠し立てをしない、八代さんとぜひお話をしてみてください。ただの売買の場ではなく、作り手と“交流”ができる場が、このもみじ市なのだから。

【get well soon 八代絵里子さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
福島で自家製酵母のパンなどを焼いています、get well soonです。3年前くらいから、比較的ソフトなパンを、でも砂糖不使用で作ることに力を入れてきました。ごはんのように違和感なく食べられる、でもしっかりと体と心を支えてくれる本物の食べ物を作りたいと思い、日々試行錯誤を続けています。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
水色か白。

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
もともと季節ごとに移り変わる素材を使ったパンやお菓子を作るのが好きなので、バラエティ豊かなラインナップに磨きをかけて、お持ちしたいと思います。

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

さて、お次にご紹介するのは、チーズのスペシャリストのあの人。ご用意してくれるのはチーズのための◯◯です。

文●藤枝大裕