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petit à petit(14日)

【petit à petitプロフィール】
ほのかな酸味としっかりとした歯ごたえが、さながら精緻に形作られた芸術品としての風格すら放っている「petit à petit」(プティ・タ・プティ)中西麻由美さんのパン。その繊細かつ力強い舌触りは、ともに味わう料理やワインと互いを引き立て合い、食べる人と静かにマリアージュする。だが彼女のパンの本質は、マリアージュさせることそのものにはない。その存在を忘れるほど食の悦びに没頭させること、そんなアルチザン(フランス語で職人)のごとく透徹した美学にある。そのさまこそ、眩暈を起こすほどにエレガントで官能的で。
http://petit-a-petit2003.com

【商品カタログ予習帳】 étoileneige

pierre myltille

forêt mangue

couchant pecans

province olive

montagne raisin

nuage simple

rond

【スペシャルインタビュー「パンをめぐる冒険」】

「難しいから、続けられた」——アルチザンをしてかくもいわしめるパン作りとは、理想郷はあれど、終着点がないからこそ彼女を魅きつけて止まない、のだろう。かくして彼女のパンをめぐる冒険は続いてゆく。「petit à petit」(プティ・タ・プティ)、すこしずつ。

 

どの作品を見てもブレない個性、強い芯を感じるようなものに刺激を受けることのほうが多いですね

 

美術史と建築を学びつつも、ほぼ独学でずっと続けていたパン作り。好きなことを仕事にしたい、と大きく人生の舵を切るも、当時独りで本格的にパンを学びたい者にとって、その道標はほとんどない、といっても過言ではなかったようだ。

「でも、すぐにできていたら飽きちゃっていたかもしれない(笑)。いまはパンの本もたくさん出てますし、どなたでもある程度までは手軽に学べると思うんですけど、20年前はあってもかなり専門的で難しい書籍しかなくて。天然酵母に関するものは、さらにすくなかったんです。振り返ってみれば、あんな簡単なことがなんでできなかったんだろう、ってくらい手探りで試行錯誤の日々。ただ、1ヶ月だけ個人でパンを作られている方に教えていただいたりもしたんですけど、すべてを教えてもらうつもりはそもそもなかったような気がします。『あの味に似てる』、じゃないものを作りたくて」

その想いは、彼女がふだんインスピレーションの源泉としている建築や工芸、小説の作家たちが持つそれとどこか深くつながっているような気がしてならない。即物的な批評の地平とはそっと距離を置く、平熱の激情がそこにある。

「『いま支持されているから、とくに自分の好みではないけどやってます』というものに器用さは感じますけど、どの作品を見てもブレない個性、強い芯を感じるようなものに刺激を受けることのほうが多いですね。『間違ってなかった』と勇気をもらえる、というか。今日や明日すぐになにかの役に立ったりはしないけれど、自分の作るパンにそこから得たものが宿っているのは明らかで」

 

自分がどこか違うな、と思いながら無理やり作るより、やっぱり作りたいものを作らないといけないと

 

一方、食をとりまく環境は日々変化を遂げており、直近の彼女にとってもそのアティテュードをあらためて試される局面を迎えていた。

「パンを作るとき、自分で麦を石臼で挽いてふるいでかけていくんですけど、ここ9年くらいお世話になっている麦農家さんの麦が、いまの日本の天候に合わせて作られたものとは違って、状況によっては不作になってしまう品種で。そこで(収穫月の)6月に刈り取ったものから違う品種に変えたので、サンプルを送るから試してみてください、と。ところが前の品種と比較的近いといわれて試したみたいなんですけど、これがかなり違うもので。全粒粉の雑味がすごく残る、歩留まり(生産性)がいいように作られた、経済的な品種。こんな一人でやってるところにもいつもちゃんと送ってくださる、とても親切な農家さんなんですけど、どんなに試行錯誤を繰り返しても前の味にどうしても近くならなくて。麦農家さん自体も減ってきているんです。高齢化が進んだり、補助金の支給のハードルが上がっていたり、他のものを作るようになったり。どうしようか迷いつつ、同じ県で違う農家さんが同じ品種を作っている方がいたので、送っていただいたらふつうに食べた感じだと、麦の作り手が変わったとはわからないくらいのパンができて。前の農家さんがほんとうによくしてくださっているので申し訳ない気持ちの一方で、自分がどこか違うな、と思いながら無理やり作るより、やっぱり作りたいものを作らないといけないと。最後はエールまで送っていただいて」

 

スタイルを貫いているものの価値に人はもっと重きをおいていいはずだし、自分はそうありたい

 

すべての所作があり、そこに込めた想いがあり、それを支えてくれるお客さんがあり、そしてその土台を作ってくれる生産者さんがあり。その集大成が、いまも昔も「petit à petit」であることを再認識した彼女のパンはいま、その眼差しと志は変わらぬまま、かつてない孤高へとあえて手をかけようとしている。

「まさに三位一体、なんですよね。自分の仕事はそれではじめて成り立つものだと。日々状況が変わっている世界のなかで、変わっていかないもの、それは品種だったり作り方のプロセスだったり、そしてこれだと信じた味だったり。そんなふうにスタイルを貫いているものの価値に人はもっと重きをおいていいはずだし、自分はそうありたい」

この確信に満ちた冒険者の誇り高きマニフェストを至上のエレガンスと呼ばずしてなんと言うか、僕はほかに知らない。どうかこの比類なき表現と、11度目となる邂逅を遂げてほしい。はてしなく続く旅の途中の彼女が、今年もあの河川敷で旅の仲間を待っている、はずだ。

〜取材を終えて〜

担当させていただくこと5回、いつお逢いしてもどんなやりとりを交わしても、つねに真摯でていねいで、そしてチャーミングで。ブレないスタイルは、日常とこうもフラットに地続きであられるのか、といつも思うほど。といいつつも、この日取材を終えたあと、夕食とともに一献傾けさせていただいたときに見せてくださった意外にも熱く愉快なお茶目さについては、また別の機会にでも。(手紙社 藤井道郎)

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