SHOZO SUNDAY DRIVE「珈琲豆、スコーン」

どれだけ多くの人の記憶に、このカフェは宿っているのだろう?
SHOZOがあったから(あるから)…」
これまで、何人もの人から、この台詞を聞いた。「SHOZOがあったから、カフェを開いた」「SHOZOがあるから、明日から仕事を頑張れる」「SHOZOがあったから、今の私がいる」という具合。「◯◯があったから」なんて言い方が許されるカフェは、SHOZOしかないな。きっと。

河野恵美さんも、まさに“SHOZOがあったから”な人。河野さんはかつて東京で働いていたとき、休みの日になると那須へ旅し、SHOZOを訪れることが何よりの楽しみだったという。

「SHOZOでコーヒーを飲んで、スコーンを買って東京へ帰る。気付いたら、充電できている自分がいました」

じつは、僕自身もそう。20代の終わりのころ(もう15年近くも前なのだ)、休みのたびに那須まで車を飛ばして、SHOZOでコーヒー(時にはミルクティー)を飲み、スコーンを買って帰る。それだけのことが、やさぐれているような毎日の中で、泉に湧く清らかな水のように僕の精神を潤してくれていた季節があるのだ。SHOZOがあったから、ね。

SHOZOを訪れる多くの人が愛してやまないであろうスコーンが登場したのは、今から18年前のこと。今回、この記事を書くために取材に訪れた際、とても貴重な話を聞いた。「スコーン」は「ズコーン」だったのである! 意味が分かりますか? 18年前、始めてスコーンが登場したとき、メニューには「ズコーン」と書かれていたのだ。なぜか? 型で抜いてきれいに作ったものではなく、手で生地をこねて作り、デコボコした男らしいそれは、ズコーンという呼び名こそふさわしいのではないかと…。

しかし、ズコーンは、時の流れとともに少しずつ変化していった。小麦粉を国産のものに変え、砂糖を天然のものに変え、手ではなく、キッチンエイドミキサーでこねるようになった。そしてやがて、ズコーンはスコーンになったのだ。

「私が働いている4年間でも、スコーンの味は少しずつ変わっている気がします」

これは、先の河野さんの談。そう、河野さんは現在、SHOZOのスタッフなのである。時代の変化や、スコーン作りを担当するスタッフの感性によって、その味は常に変化を遂げているらしい。僕たちからしてみればSHOZOのスコーンは、「いつも変わらずおいしいスコーン」なのだけれど、「変わらないおいしさ」を提供し続けるために、見えないところで少しずつ「変わっている」というのが、なんだか、いい。

そろそろもったいつけるのはやめにしよう。SHOZOが2007年の花市以来、3年半ぶりにもみじ市に帰って来る。“DRIVE”してくるのは、河野さんをはじめとする、SHOZO選抜チーム。たくさんのスコーンと珈琲豆をトランクに積めて、多摩川までSUNDAY DRIVING……いやいや、今回はSUNDAYだけでなく、SATURDAYも出店してくれるのだ!

「お誘いのスコーンを持っていきます。もみじ市でスコーンを買ってくださったお客さまが、気に入って下さったら、那須に来てくれたらとても嬉しいです」

スコーンのほかにも、SHOZOのメインブレンドである珈琲豆「森のブレンド」や、オリジナルTシャツも販売予定(下の写真がオリジナルTシャツ。ロゴマークが刺しゅうされ、胸と背中の文字が意味するのは…!?)。

さあみなさん、10月23日と24日は、多摩川河川敷に進路をとろう。なぜかって? そこに、SHOZOがあるから、さ。

*SHOZO SUNDAY DRIVEのみなさんに聞きました

Q1. 今回はどんな“いでたち”で、もみじ市のパレードに参加していただけるのでしょう?
SHOZOのオリジナル長袖Tシャツで元気にカラフルに参加です。

Q2. もみじ市をどんなふうに楽しみたいですか?
那須の香り、味を届けたいと思います。

Q3. もみじ市の宣伝部長になったつもりで、来場されるお客さまにメッセージをお願いします!
もみじ市に参加出来ないスタッフも、スペシャルスコーンを焼いたり、コーヒー豆をつめたり、ふくろを作ったり、当日のことを想像しながら、楽しみながら作業しています。那須高原からワクワク・ドキドキの参加です。どうぞ遊びに来て下さい。

さあ続いては、美味しくて力強い自然農の野菜を作るナイスガイが、知多半島から!

文●北島勲

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