ジャンル:CRAFT

松本寛司

【松本寛司プロフィール】
1976年愛知県一宮市生まれ。仏像や仏具を制作修理する仕事を経て多治見市のstudio MAVOで木工作家としての歩みを始めました。現在は渥美半島の海岸近くに工房を構えて、趣味のサーフィンと木工を行ったり来たりの毎日。木の板から読みとったかたちを彫り出し削り出し、生活の中で手に馴染み長く使える道具を制作しています。木から、海から、インスピレーションを受け、木の特性を生かした作品は、ひとつひとつ手仕事によるもの。スプーンの角度ひとつ取っても細かい調整がなされています。私(担当:小池)が愛用するのはスプーンとフォークが一体になったアウトドア用のカトラリー。インドアでも重宝しています。
http://kanjimatsumoto.com/


『月刊 松本寛司』記事一覧

7月号「木彫と精神」
8月号「魂とかたち」


【月刊 松本寛司 7月号】
特集「木彫と精神」

木工作家・松本寛司が、現在の制作の礎としているもの、精神の拠り所としているものについて、一編の詩として綴っていくシリーズ第1回。「自然界はバランスが美しく、手本としている」と語る松本さん(写真・下掲)は、尖れば良いだけのアートと決別し、“地球の一部としての人間”という考えから自らの表現をアプローチするようになりました。

循環する生を盛る木の器

ARTに惹かれ、ARTとは何? ARTは自由なんだ!
と見聞きし、
精神世界に自由を求めて
自分の体を実験台とし、
色んな生活を試みた時期がある。

しかし真の自由は得られず、
むしろ心を病み
無に憧れていたのに無が怖い体験をする。
有限の間に無限の組み合わせ(自由)を見つける方向へ舵を切る。

Lowな気分の朝、
自試作の器で食事をしていたら
笑顔になった体験から
食時にニュートラル(中くらい)となる器を志す。

インドのシヴァ神はガンジス川を表すらしい
創造と破壊はセットらしい。

ARTは命
私は輪廻思想に賛同する。

命を食べ生を成す
木の器に盛るのは
人間らしくて変。
文化的?
原始的。

7月の工房から

ロングサイズのカッティングボードは屋外でのちょっとした宴にもってこい
ウォルナットのベビーフォークやフルーツフォークで子どもたちは旬の果物を。工房のある渥美半島はメロンの名産地
工房の庭でホワイトセージを育て、奥さんの営む花屋「sakura hanamise」で販売を始めた。葉が好い匂いで、お香にもなる

 

(編集・小池伊欧里)


【月刊 松本寛司 8月号】
特集「魂とかたち」

木工作家・松本寛司が、現在の制作の礎としているもの、精神の拠り所としているものについて、一編の詩として綴っていくシリーズ第2回。生の波動が強い美を導き出すという仮説はどうでしょうか? 生き残ってきた“かたち”には、選ばれしデザインがあると、松本さんは語ります。

「“足のはえた生き物”をイメージして水切れがいいようにデザインした」という松本さんのカッティングボード。魂がかたちとして表れたかのよう

デザインに宿る生命力

なぜ僕は木工をしているのか?
自問自答を繰り返す

木を刃物で彫る行為が好きだ
イメージが形になっていくのが楽しい
人の役に立つと嬉しい
そんなかんじだろうか

そうなると、僕が何をイメージしてどう役に立つか? が重要である
そこでまた、ARTとはなんぞや?

作家として僕なりの答がある
魂が弱肉強食の世界に生まれ
魂は強いBodyに宿るのを望む

美しい形は強い
美しい曲線は速さを生む
黄金比(フィボナッチ数列)、螺旋状の重心(重力)
命のデザインは宇宙の法則に従い
有限の物質を無限な組み合わせで試す
死にたくない、種の存続を願う生命
競争はつまりデザイン合戦、ポジション争い

ARTとは生きるすべ
そして沢山の生きる方法の中にも美しいバランスがある
センスはバランス感覚
本能であり野性
それがARTを求める心だと考える

僕が木工をする時に何をイメージするか
人間の幸せをイメージする
それが大切だ! と想う

8月の工房から


担当・小池が訪問した2日目朝の朝食。パンとカッティングボードは最高のコンビ


さつまいもから芽が出てきた。「木屑から生えるエイリアンに見える」と寛司さん

 

(編集・小池伊欧里)