出店者紹介,ジャンル:ENTERTAINMENTetc.

Tiny N

【PROFILE】
花生師・岡本典子。Tiny N主宰。園芸生活学科卒業後、イギリスへ留学。現地の花コンペティションで多数の優勝や入賞を果たす。現在は雑誌、TV、広告の撮影を中心に、展示会・パーティー装花、店舗ディスプレイ、講師、イベント出店など多方面で活躍中。誰かへの贈り物だったり、思いを伝える時など、花はあらゆる場面で私たちのそばにあるもの。岡本さんは、その有り難みを誰よりも大事にしている。もみじ市では、頭を花器と見立て、生花を即興で生ける。花と人が一体化することで、心のみならず、からだ全体がエネルギーに満ち溢れる。そんな瞬間を体感ください。
Instagram:@hanaikeshi


【Tiny Nの年表・YEARS】

【Tiny N・岡本典子さんインタビュー】
今年のもみじ市のポスターは3種類。その内の1枚、頭に花をまとう親子の写真に目を奪われた方も少なくないのではないでしょうか? 親子に花を生けた人こそ、Tiny Nを主宰する岡本典子さんです。花生師として、世界の第一線で活躍する岡本さんに、担当の柴田がお話を伺いました。

最初で最大の転機は……

ーーーーーー岡本さんの中で一番の転機は、年表でも最初に登場する短大への進学なんですね。
岡本:私はずっとずっとダンスをやっていて、その道で生きていくことも考えていました。でも、いざ進路を……、となったとき、怪我をしたこともあり、その世界の厳しさを改めて感じて手放すことを決心したんです。そしてダンスではない道を、と考えたときに、影響を受けたのは祖父と母の存在でした。祖父は本当にハイカラな人で、今振り返ってもとても洗練されたセンスを持っていました。庭づくりも力を入れていて、まるで海外の絵本や児童小説に出てくるような庭があったんですよ。そう、まるで『秘密の花園』みたいな。加えて母も植物が大好きで、私は物心ついたときからずっと緑に囲まれ、花や植物が身近にあることが当たり前だったんですね。その環境から「自分には、植物がない暮らしは考えられない」と気付いて、園芸科に進学することを決心しました。進路として園芸科を選んだことが、現在の仕事までの道を決定付けたので、一番の転機と言えますね。園芸科では、造園や花卉装飾など植物にまつわるあらゆることを学びました。すっかり、花の世界にハマりましたね。のちに、造園やガーデニングの方向ではなく花卉装飾を選んだのも、仕事としてやり続ける上での体力的な面も理由にありますが、「やっぱり花をずっと触っていたい」、「どんなときも花が近くにあってほしい」、という思いがあったんです。

夢だった海外留学へ

ーーー短大卒業後、日本で花にまつわるお仕事に就くわけではなかったんですね。もうひとつ、大きな転機の留学。このいつか海外へという思いもずっと抱いてらしたのでしょうか。
岡本:はい。昔から海外の映画や雑誌を昔から見るのがすきだったんです。そこから目にする、町並みの美しさや文化に強い憧れを抱いて、こんなにも美しい景色の住人になれたら、と夢を描いていました。と、同時に日本ってなんてイケてないんだろう、とも思っていて。当時は日本の良さに気づけていなかったんですね。海外と違って、電線だらけの町。統一感のない看板や建物たち。映画や雑誌のような世界に私は必ず行く、と思い描いていました。それから母の影響もあります。母は、英語が共用語の寮に入って学んでいたこともあって、大阪万博では通訳を勤めた経験もある人なんです。母の思い出話から、英語を話せることの素晴らしさ、世界の広がりにも魅了されていましたね。

2年制の短大卒業時、周りは四年制の大学に進学した友人が多かったこともあり、「私も4年制に通っていたらあと2年猶予があったはず、その猶予に当たる時間で留学に行きたい」と家族を説得し、「1年間の留学ならいいよ」という承諾にこぎつけたんです。実際は1年じゃ帰って来なかったんですけどね(笑)。

ーーー留学先にイギリスを選ばれたのはなにかきっかけがあったのですか?
岡本:短大で学んだ花にまつわることを留学先でも学びたいと思っていて。フラワーデザインのオリンピックのような大会で優勝した国の作品がそのままその後のトレンドになる傾向がありました。当時、優勝した国はドイツ。ドイツの作品は、とてもアート的な要素が強く、心惹かれたんですね。ですが、留学先をドイツにと父に話したところ、「1年という限られた期間で学ぶには、ドイツは言語が英語ではない。ドイツ語を1年学ぶので精一杯になってしまうのでは」と意見がありました。それでドイツは一旦、候補から外れて。で、フラワーデザインの大きな流派はアメリカ式かイギリス式の2つだったんですね。短大で学んだのはアメリカ式だったのですが、それよりも私は歴史のあるイギリス式の方に興味があって、最終的にイギリスを選びました。

ーーー長く憧れ、夢見ていたイギリスはいかがでしたか?
岡本:それが、びっくりするくらいイケてなかったんです(笑)。映画や雑誌で目にしていたキラキラした世界は、ほんの一部。強い憧れがあっただけにがっかり、勝手に裏切られたように感じていました。でも、その中でも素敵なものはちゃんとあって。留学中は限られたお小遣いなりに、ヨーロッパのあちこちに足を伸ばしたのですが、オランダの街でざっと豪快に束になった花束が良心的な値段売られ、街の人が気軽に花を買い、楽しむ光景を目にしました。私も数日しか滞在しないホテルの部屋に、市場で買った花を飾ろうと思えるくらい、気軽な価格だったんです。切り花を日常的に生活に取り入れる素敵な文化を肌で体感しました。コペンハーゲン出身の憧れのフローリスト・Tage Andersenさんの作品を実際に見て、本人にもお会いできた、みたいなスペシャルな体験もありましたね。

ーーー留学中の日々が花の生活への思いを形作ったとも言えるそうですね
岡本:はい。さっきのオランダの街で花を買い楽しむ人の姿のように、ヨーロッパの人の花と共に暮らしている様には、とても影響を受けましたね。日本で花の仕事をしていると、お客さんとの会話でよく言われるのが、「私すぐ枯らしちゃうんです」、「サボテンですらダメにしちゃうから、花なんてとても……」みたいな言葉たち。それに対して「家に迎えた花や植物がすぐに枯れてしまったとしても、お世話をして気にかけた上でそうなってしまったのであれば仕方ない。あなたが抱えている邪気や災難を代わりに背負ってくれたからですよ。だから、枯れることを気にして、花を迎えることをやめないでね」って声をかけるんです。

ーーー「枯らしてしまうんです」って会話、私も周りでも何度も聞いたことのある「あるある」ワードです(笑)。
岡本:ね。花や植物と人って切っても切れない関係にあると、私は思っています。「花を飾ることって贅沢なこと、心にゆとりのある人の楽しみだ。衣食住が満たされたその先に、植物を育てたり、花を飾り、愛でる楽しみがある」。そんな風潮を感じることがあるけど……。でも、衣食住で考えると、衣では、麻や綿と。食は野菜や果物を。住では木材や藁を、どれもが植物とつながっていますよね。植物と人は共存しているんです。「植物は生活の中でなくてはならない存在」ってことを、なんとなくでも感じていてもらえたらなぁと思います。

「頭に花を生ける」ということ
ーーーもみじ市でもお馴染みの「頭に花を生ける」。これはどんな風に始まったのでしょうか。
岡本:アパレル雑誌やショーの仕事で女優さんの頭に花を生けたとき、その女優さんが「私はこの仕事をやっているから、この特別な体験ができたんですね。この仕事をやっていてよかった」と、ふと言葉をもらしてくださって。色んな衣装やメイクを経験する女優さんでも、この頭に花が生けられた姿を鏡で見た瞬間って「わぁ……」って、ご自身の体温もその場の温度が上がったような反応をしてくれるんです。女優さんが、そんな風に感じてくれるなら、職業も性別も年齢も関係なくもっと色んな人にこの「わぁ……」を味わってほしいなと思いました。それでイベント出店の機会で開催するようになったんです。

岡本さんと、もみじ市と

ーーー去年のもみじ市で、私は入場口のスタッフをしていたのですが、岡本さんに花を生けてもらった女の子に「素敵だね」と声をかけたら、ちょっとはにかんだ後に、もうそれはそれはとびっきりの笑顔を見せてくれたんです。それから、河川敷に(※昨年は、天候のため京王閣で開催)写真を撮りに向かう頭に花を生けたカップルもいらっしゃいました。花を生けられた方を目にするだけで、私もハッピーな気持ちになれました!
岡本:頭に花を生けるって、非日常のこと。こんな風に花を頭に飾っていたら、普通だったら恥ずかしさもありますよね。でも、この体験をきっかけにさっき話した女優さんのような、体温が上がるような一瞬を味わってもらいたくて。花を生けている間は本人はどんな風になっているか全くわからない。完成して、初めて鏡を見てもらうのですが、食い入るように見つめる小さな女の子、ぱっとまさに花が咲いたように笑顔になる女性、はにかみながらも嬉しそうにされる男性、こちらも本当に「あぁ、この瞬間を生み出せてよかった」って、やみつきになるワンシーンに出会えます。でもね、たまに嫌がる子もいるの。男の子とか、恥ずかしいって思いが強かったり、頭を触られたり、なにか付けることに慣れてなかったり。お母さんが、「きっと、素敵だよ。可愛いよ。じっとしていなさい」って声をかけてくれる。だけど、花に触れ合うこの機会で、花への記憶がネガティブなものになってしまうのは避けたくて。嫌だなって思う子には、その思いに寄り添って、花がネガティブなイメージにならないようにしたいんです。

ーーー今年のもみじ市のポスターには、岡本さんの作品も登場しましたね!
岡本:声をかけてもらえてすごく嬉しかったです。そしてこんな素敵に仕上がって! 2014年に初めて出店したときに生けた方が、年月を重ねて、今度はお子さんも共に花を生けることになって、それも感無量でした。この5年の出店の中で何度も、お客さまの「頭に花を生けた」ことでつながる輪も感じています。男性お一人でいらしてた方が彼女さんとカップルで来てくださったり、会場で頭に花を生けた方同士でお友達になられている光景を目にしたり。

ーーー花と共に生きてらした岡本さん。花に込める思いを聞かせてください。
岡本:そうね……。自分に何か不安なこととか、辛いことがあったときに、誰か親しい人に話をすると、ほっとしたり、心が安定したりすると思うんです。それと同じように花には触れている人の心を安らげてくれる力があると思っていて。自分が育った環境と同じように、いつも私は家に花が絶えないようにしているんですね。ただ単に花がすきだから、という理由だけではない思いもあって。それは、きっと将来、子どもたちがしんどいことに直面したとき、助けられないこともあると思うんです。でもそんなときに、「そう言えば、我が家にはいつも花があって、ほっとするひとときが生まれていたな」と、ぼんやりと思い出して、花を手にとってくれたら嬉しいなぁと。独り立ちして、自分で部屋を借りたり、家造りをしたときに、「なにか足りないけどそれってなんだろう」て思った末、花の存在に辿り着いてくれたら、と思っています。

ーーー確かに私自身も、花を購入した場面を振り返ると、部屋に彩りがほしい、とか、慌ただしい中でも季節を感じたいと思ったときでした。それは「自分を大事にしなきゃ」と感じていたタイミングとリンクしていたのかもしれません。
岡本:花って、その花だけでは成り立たないんです。花を贈りたい相手がいる。花を愛でたい思う自分がいる。花が必要な空間がある。必ず対象がいますよね。「花が人の心に寄り添うように」と願って私は携わっていますし、それが私の使命だと思って取り組んでいます。

ーーー岡本さんはこれからどんな風に花を生けていきたいと、思い描いていますか?
岡本:それがね、ないんですよ! なんでかと言うと「もう明日、花が生けられなくてもいい。今日の花との時間が最後になってもいい」と思いながら取り組んでいるから。ダンスも花も、ライブ感、即興、「今」の瞬間が命です。未来のことではなく、「今」の目の前のことに全力を投じているから、この先のことは考えてないんですよ。イメージをふくらませるときも、夜明け前の市場での仕入れも、下準備をするときも、いざ花を生けるときも、全ての場面に100%を投じています。だから明日もしもう花を生けられなくても、なにも思い残すことはない! もみじ市も2日間、「頭に花を生ける」は一人ひとりに向き合う真剣勝負。2日間が終わったとき、完全燃焼しますよ!

ーーー最高の意気込みをありがとうございます! 事前予約はすでに満席御礼ですが、当日の受付枠もあるんですよね。私は今年のもみじ市も入場口のスタッフなので、岡本さんに花を生けられた方の笑顔を発見するのがとても楽しみです。

《インタビューを終えて》
その場にいるだけで、ふわりと花がほころぶような空気をまとった岡本さんは、花に向き合い続けるひたむきな情熱と、人と花とを思いやる愛に満ちた女性でした。取材の最後に、「きっと、私は花の仕事をしていなくても、生活に花絶やさないだろうな、と思います。……でも心のどこかで『……て言うけど、本当にそうかしら?』と思ってるところもあるんですよね」と、いたずらっぽく笑う岡本さんのチャーミングさに、わたしの心は射抜かれてしまったのでした。花と共に、これまでの人生を歩み、「今」の瞬間に全てを注ぐ岡本さんの「現在」に出会えたことは、大きな花束をプレゼントされるような、とびっきりの贈り物となりました。「いつの日か私も花を生けてもらう日を……」とひっそり夢見ながら、今年も、もみじ市で花を生けられた方の晴れ姿を眺めたいです。

(手紙社 柴田真帆)