ジャンル:ENTERTAINMENT etc.

杉見朝香

【杉見朝香プロフィール】
たくさんの絵本と紙芝居を鞄に詰め込んで颯爽と河川敷に現れる、ものがたりの魅力の伝道師・杉見朝香さん。ありったけのわくわくやはらはら、どきどきで子どもたちの瞳を輝かせつつも、誰よりもそのストーリーを楽しんでいるのは、他ならぬ彼女自身なのだろう。「読み聞かせではなく、読み語りでありたい」と願う彼女の眼差しは、いつだって“教える”ではなく“学ぶ”歓びに満ちているからだ。そして身分やステータス、経験さえも脱ぎ捨てた、上も下もないフラットな地平にこそ豊かな生の意味があることを、この語り部の声は知っている。

【商品カタログ予習帳】

『あんぱんまん』作・絵/やなせ・たかし

『おじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃん』長谷川義史

『てん』ピーター・レイノルズ 訳/谷川俊太郎

『あな』作/谷川俊太郎 絵/和田誠

『あおくんときいろちゃん』作/レオ・レオーニ 訳/藤田圭雄

『うそつきのつき』作/内田麟太郎 絵/荒井良二

『かおかおどんなかお』柳原良平

『おへそのあな』長谷川義史

『ちびゴリラのちびちび』作/ルース・ボーンスタイン 訳/いわたみみ

『まるまるころころ』文/得田之久 絵/織茂恭子

『まんまるまんまたんたかたん』作/ 荒木文子 絵/久住 卓也

【スペシャルインタビュー「学びを楽しむ、たったひとつの冴えたやりかた」】

「子どもからお金は取らない。私は紙芝居や絵本を読むプロではないから」——そう話す彼女の本職は、小学校教員。だが子どもたちと同じ目線でいっしょに物語から学び、感じることを誰よりも楽しみ続ける姿勢がプロでなければ、プロとはいったいなんなのだろう? その想いを裏打ちする矜持を「読み語り」たく、話を訊いた。

 

目で見て耳で聴いて、人と人が関わることで生まれるのがほんものの物語

 

先生としてものごとの理を説くこと、読み語ることで物語を伝えること。その二つは、彼女のなかでは決定的に違うものなのだという。

「物語って、作家さんが創ったすでに完成しているストーリーの魅力があって。だから、ほんとうに面白い絵本は、子どもが惹きつけられるのね。どんなにガチャガチャしているクラスでも、話を聞かないクラスでも、シーンとなって聴く。ワッて笑う。だから読むのも好きなんだけど、読んでるときの子どもの反応や表情が好きなんだよね。みんなの顔がキラキラするのよ」

「そんな調子なんで、わたしはふだんもあんまり『教育』的なことはしてないかも。子どもが居心地がよかったり、ここに居てよかったな、って思えるほうを大事にしたいから」と笑うが、居場所を見つけられず立ち尽くしていた子どもたちが、どれだけそれで救われたことだろう。彼女は自分を介して絵本を音声化することで、人は誰もが自分の物語を自分で作り出すことができる主人公なんだ、ということをさりげなく、だが確信をもって示唆してくれる。

「でもそれは、なんならわたしじゃなくてもよくて。もみじ市でも、わたしがごはんを食べている間は、あの場所を使っておとうさんやおかあさんが絵本を読んであげればいい。相手の反応を受け取って話したり、飽きてそうならちょっと読み方を変えてみたり。目で見て耳で聴いて、人と人が関わることで生まれるのがほんものの物語だから。そこが、スマホやテレビと違うところなんだよね。それは与えられるだけの一方的な情報でしかないから」

そう、彼女が物語を愛して止まないのは、それがあらゆる境遇をあっさりと飛び越える、バーバル(言葉を介した)なコミュニケーションを創出する豊饒な触媒にほかならないからだ。

「読み聞かせる、って言葉が好きじゃなくて。言葉としては読み聞かせのほうが耳馴染みがいいんだろうけど、◯◯させる、っていう使役がいやなの。だから、わたしは読み語り、って言ってて。読んで、語り合いたい。ま、とはいえ丸二日間読むとほんとうに疲れるんだけどね。いっぺん11時から17時までぶっ通しで読んでごらんよ、っていう(笑)」

 

子どもが読んでほしい絵本ってだいたい決まってるわけ。やっぱり、何回聴いても楽しいんだよ

 

とてもフランクに、それでいて強い信念を秘めた胸の内を打ち明けてくれた彼女。修学旅行のためやむを得ず欠席となった一回をのぞき、もみじ市のすべての回に参加してくれている我らが語り部は、節目となる10周年を経て今年11回目となった今回のテーマ<ROUND>をどうとらえているのだろうか。

「パッと思い浮かんだのは、ピーター・レイノルズって作家さんの『点』(訳:谷川俊太郎)って作品かな。絵がうまく描けないと嘆く女の子に先生はたった一つの点を描いてもらい、それを額縁に入れる。『もっといい点がかけるわよ』と夢中に描くうちに、彼女の絵は展覧会で大評判に。そんな彼女の前に、絵がうまく描けないと嘆く男の子があらわれる。彼女はにっこり微笑んで、彼に一本の線を描いてもらう、ってお話。ラウンド、丸、繋がっていくもの。でもね、10年くらいやってると、子どもが読んでほしい絵本ってだいたい決まってるわけ。どれだけいっぱい並んでても、10冊もないかな。『ぐりとぐら』『はらぺこあおむし』『おおきなかぶ』とか、定番で鉄板のもの。わたしもいちおう、毎回テーマにあわせてけっこう絵本や紙芝居を持っていってるんだけど(笑)、結局読むのはそういう大ネタで。『読んで』っていわれりゃ、そりゃ読むじゃん?(笑)。やっぱり、何回聴いても楽しいんだよ。あと、知ってるからっていう安心感。あんまり長すぎないのもいいんだよね。いくら起承転結があっても、3〜4歳の子は耐えられないから。だから7〜8分で終わるものをひたすら何回も何回も。<ROUND>だね(笑)」

みごとに話を結んでくれたそんなストーリーテラーが、新しい物語との縁を繋ぐための絵本と紙芝居を携え、今年もいつもの河川敷であなたの『読んで』を待っている。どんな新しい物語かって? あなたにとってだけの「人生って意外と悪くないぜ」が込められた、生への快哉に満ちた彼女語り下ろしの一篇、だ。

〜取材を終えて〜

取材中、今回のテーマから想起したという作品『点』をじっさいに朝香さんに読み語りしてもらった筆者。テキストでもおわかりのとおり、ふだんはクールな語り口の彼女も、ひとたびストーリーを紐解くと勢いよく物語の大海原に飛び込み、誰より気持ちよさそうに泳ぎ回っていたのがとても印象的で。「さあ、おいでよ」と差し伸べてもらった手の向こう側に、あまりに美しい物語への愛の姿を見た気がしました。(手紙社 藤井道郎)

保存保存