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hokuri

【hokuriプロフィール】

「9つの時から自分で爪を磨いていました」。そう話す東北生まれのhokuriの店主・上間美絵さんは、建築の世界からネイルの世界へ。現在は西荻窪でネイルサロンを営んでいます。hokuri特製「ネイルシール」、もみじ市がきっかけとなり作られた商品。感情を映し出したような水彩画の上に、ジオメトリックな形のシールが散りばめられています。「死ぬまで仕事をしていたいです!」とパワフルに、楽しそうに話す上間さんには、誰だってネイルをしてもらいたいし、話を聞いてもらいたくなってしまうのです。
http://hokuri.jp

 【商品カタログ予習帳】

ネイルシール・abstract1-seven

ネイルシール・abstract2 ヒカリ

ネイルシール・Wa

ネイルシール・カタチの群れ・クロ

ネイルシール・カタチの群れ・シロ

ネイルシール・カタチの群れ・カラー

ネイルシール・点の群れ・シロ

ネイルシール・点の群れ・クロ

ネイルシール・色の群れ・ミドリ ピンク

【スペシャルインタビュー・hokuri の誕生とこれから】
大人の文化祭・もみじ市の中で唯一“ のジャンル“ ネイル” にまつわるお店、hokuri。不思議な響きの屋号の真相を探るべく、店主・上間さんにお話を伺いました。

ホクリとは心に響く音

ーーーまずは、作り手になったきっかけを教えて下さい。
上間 : 小さな頃から手を動かして何かを作ることが好きでした、ビーズで小物を作ったり編み物もしていました。小学生の頃は手芸クラブにも入っていましたよ。にんじん柄の刺繍を作って、できたものを見てもらうのが嬉しかったのを覚えています。

ーーー学校ではどんな勉強を?
上間 : 高校は普通科だったので、人並みに部活をして勉強をしていました。その頃建築の世界を目指すようになって、東北芸術工科大学の建築を学べる学科に進学しました。私は絵の勉強などを全くしないで入学したので、美大予備校出身の同級生たちと出会って、驚きました。こんなにも絵が上手い人たちがいるんだって(笑)。

ーーーカルチャーショック?
上間 : そうです。今でも絵へのコンプレックスはあります。ただ、こうしてものづくりをしていると「彼らにおもしろがってもらえるようなものを作ろう」というひとつの尺度になっていますね。4年間は、図面を引いたり、模型を作ったりしていました。授業で、課題が出されて、ひと月くらい後にプレゼン・講評会という流れがあったんですけど、他の同級生の考えた作品の質が自分と違って驚きました。冷静に「みんなすごいなぁ」って。私はというと、図面をいかに味があるように仕上げるかとか、模型の木々の部分のクオリティを上げる! などに力が入っていましたね。


何気ないスケッチからも、どこはかとなく建築の雰囲気が漂います。

ーーー卒業後はどんな進路に進んだのですか?
上間 : 商業施設の店舗設計などを行う会社に就職しましたが、すぐに退職しました。ある案件で、上司から図面を介して説明があったんですが、その時は分かっていたつもりでも、現場に出て「あの時言っていたことはこういうことなんだ! 」とやっとわかったりして、自分には向いていないな、と思いましたね。

ーーーネイルの道に進んだのはその後……?
上間 : 大きな選択肢としては、美容だったんです。でもエステやヘアよりも色を扱えるという点と小さな世界という点でネイルがいいかなと思いました。

ーーー元々興味はあったのですか。
上間 : 9つの頃から、爪を磨いていました。薬局で売ってるような爪磨きセットを買って もらって、夢中で磨いていましたね。今でも緊張した時なんかは、自分の爪を触って落ち 着いています。

ーーー爪を、ですか。
上間 : お母さんのお腹の中で命が宿った時、脳と爪は同じ細胞から分裂するそうなんです。だから、第二の脳とも言われていて。だから爪を噛んだりして落ち着いたりする人もいるでしょ。

ーーー初めて聞きました! 言われると確かにそうですね。当時のネイルの世界は……
上間 : その時のネイルサロンって、ギャルの女の子が好きそうなものが主流だったんです。大ぶりな飾りが付いていたり、原色を多用していたり。自分がしたいネイルがないなぁ、だったら自分で始めようと独立を考えました。

ーーー潔い行動力、素晴らしいですね。
上間 : 私、嫌なことは出来ないんです(笑)。

ーーーそこから、hokuri がスタートするのですね。
上間 : 知人の行きつけのバーで、出張ネイルをさせてもらったんです。そこで「何か屋号のようなものある?」と言われて名付けたのが、hokuriです。


仕事道具である爪切りやピンセットなど。

ネイルシールはもみじ市がきっかけ

ーーーもみじ市に初めて参加された時のことを教えてください。
上間 : 当時担当だった方から、急に出店依頼の連絡が来て、「ネイルサロンですが、いい んですか?」というような気持ちで、でもとても嬉しかったです。初参加した2013年 は、物販などはなく、ひたすらネイルを施しました。

ーーーそうだったんですね。どんな 2 日間でしたか。
上間 : あっという間に終わったのですが、ひとつ課題が残りました。 一人の方にネイルをするのは時間がかかったり、予約がもう埋まったりしていて、せっか く興味を持ってくれたお客様とコミュニケーションが取れなかったのが悔しかったです。 そこで、何かいい方法はないかと考えて思いついた先が、ネイルシールを販売することだったんです。

ーーー作ってみていかがでしたか。
上間 : すごく新鮮で良かったです。売る“ もの” があることで、いろいろな場所や人に広が っていきました。コミュニケーションとアクションが生まれました。

ーーー今回のもみじ市に合わせて新作ネイルシールも用意しているそうですね。
上間 : これまでのネイルシールと組み合わせて使えるデザインに仕上げました。それぞれ 1枚絵のような見た目ですが、カットラインで丸や四角が取り出せます。今までのシール と組み合わせて新たなデザインがうまれる事、爪が仕上り嬉しい気持ちになって日々が明 るくなること、ROUND を循環ととらえて制作しました。


もみじ市がきっかけとなり作られたネイルシール。テーマ“ROUND”に合わせて作られた4種類が仲間入りです。

ーーーhokuri さんのネイルシールは、抽象画のような雰囲気ですね。何の色、何の形とも言えない。手紙社の雑貨店でも扱っているのですが、男性のお客様も「色が綺麗なんですが、これはしおりですか?」というような質問が多いですよ。
上間 : それは嬉しいですね。特にモチーフは設けずに、絵の中で収まりが良いバランスだったり、色味だったりを考えて作ってます。ネイルサロンに勤めていた頃に、先輩に「あなたはどうして毎回同じようにストーンを置けるの?」と、よく驚かれました。私にとっては小さな爪の中でも、「ここに1つ石があったら、もう1つは必ずここ! 」という建築で学んだプロポーションの感覚があるんです。

ネイルサロンと商品作りの両方をこなす上間さん。西荻窪のサロンにもお邪魔しました。

ーーーサロンでお客様と対峙する際に気をつけていることはありますか?
上間 : 今の店舗に限らず、ネイリストはお客様のお手元に触れるということから、特殊な 距離の接客だと感じています。触れながらの会話はお互い伝わるものが多い気がするので 日々を引きずることなくフラットな気持ちでいたいな、と思っています。

ーーー素敵な空間ですね。サロン店内のインテリアに気をつけたことはありますか?
上間 : 移転前の荻窪の店舗と印象が変わらないよう心がけました。限られたスペースなので、足すより引くバランスでまとめています。

ーーー移転されたんですね。
上間 : もうすぐ2歳になる息子がいるのですが、子育てとの両立を考えた時、それ以外の時間をとにかく短縮しようと夫が提案してくれて、自宅からより近い距離に移転しました。仕事を休むという考えは、全くなかったですね(笑)。 私、死ぬまで仕事がしたいんです。

hokuriの屋号の後ろには“nail&craft”と続いている。その訳を聞いてみた。
上間 : 以前のお店はギャラリーのコーナーがあって、他の作家さんを紹介したりしていました。“ hokuri nail&craft” と名乗っているのは、ネイルを中心に、他にもいろんなことをしていきたいという思いが込められています。今は自分でできることを、どんどん増やしていきたいですね。

ーーー上間さんは以前「ネイルを施した後、お客さんは必ず笑顔になる」と仰っていましたね。それはとても素晴らしいことだと思うのですが、どんな力が人を笑顔にすると思いますか。
上間 : 爪がきれいになって嬉しくない女性はいない、と思っています。仕上りが眺められる体の部位であるというだけで、力とは思っていません。仕上がった指の先を眺めて、嬉しい気持ちになった時、それを音で表現するなら“ホクリ”ではないかと。私にとってホクリは、そんな音なんです。

~取材を終えて~
サロンにお邪魔した際、人生で初めて、爪のケアをしてもらった。笑顔で物腰柔らかな声色とは裏腹に、適度なスピード感と飽きさせない手さばきで、あっという間に私の指先は、それこそ生まれ変わったようにピッカピカに変身。幸福感と「私は爪が綺麗なんだぞ」というある種の優越感の余韻に、しばらくの間浸っていられたのです。上間さん、ありがとうございました! (手紙社栗木建吾)