ジャンル:CRAFT

Mellow Glass

【PROFILE】
瑞々しく柔らかい光をまとう、幻想的な街並みを硝子オブジェで紡ぎ出す作家「Mellow Glass」タナカユミさん。粘土を型にする“パート・ド・ヴェール”と呼ばれる伝統的なガラス技法で、一つの型から約二ヶ月かけてただ一つだけ産み落とされる作品たちは、どれもはかなくもあたたかな生命の明かりを灯しながら、寄り添うようにどこかに在るはずの神秘の景色、パッセージ(一群)を形作っている。その独特の技法そのものが物語るとおり、そこには一人に一度しかないからこそいじらしくも愛おしい、人々の営みそのものへの想いがほんのりと宿っている。
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【商品カタログ予習帳】

『硝子の家々』

『硝子の街並み』

『旗のある家と蒼い屋根の家』

『空模様の家』

『硝子の木』

『三日月の舟』

【スペシャルインタビュー「Mellow Wave, Glasses」】

長野県八ヶ岳の麓で硝子オブジェを制作し続ける作家・タナカユミさんに、古田祐子がお話をうかがいました。(取材・テキスト/古田祐子、編集/手紙社 藤井道郎)

 

パート・ド・ヴェールはじっくり向き合って考えて、意のままに手でかたちを動かして作れるところがとても自分に合うなあ、と

 

———そもそも、作り手になられたきっかけはどんなものだったのでしょうか?

タナカ:はじめはグラフィックデザインをやりたかったんです。で、グラフィックの学校を出て、デザインの会社に就職して。そこで車などをモデリングしたものを3Dスキャナで取り込んで、Macで立体的にCGに起こすという仕事をしていて。その過程のなかで、モデラーというお仕事をされている方がいて。車の何十分の一、という精巧なモデルを作るんです。そのモデラーさんの作る粘土の原型が、あまりに美しくて。「私も粘土を作りたい」と伝えたら、「粘土は不透明なもので奥行きが見えないから、もしやるのならガラスとか、透明感のあるものがいいと思うよ」とおっしゃってくださって。そこでいろいろ調べて、富山にすばらしいガラスの学校があると知って。そこで学んだのがきっかけですね。

———そこで、さまざまな技法を学ばれたのだとか。

タナカ:その学校で、ダイナミックな吹きガラスの製法をはじめ、イタリアやチェコの先生もいらっしゃったことで、ほんとうにいろいろな技法を学ぶことができて。そのなかで、私は型から創り出す“パート・ド・ヴェール”という伝統的なガラス技法に惚れ込んで、すぐに作品作りをはじめたんです。吹きガラスが運動的、情熱的なアプローチで目の前の瞬間を切り取ってかたちにするのに対して、パート・ド・ヴェールはじっくり向き合って考えて、意のままに手でかたちを動かして作れるところがとても自分に合うなあ、と思って。

 

いつまで経ってもドキドキするけれど、窯を開ける時がいまでも一番ワクワクします

———なるほど。じっさいにパート・ド・ヴェールとは、どんなプロセスを経て作品となる手法なのですか?

タナカ:まず、粘土で原型を作ります。そして1,000℃くらいの温度まで耐えられる耐火石膏で型を取るんです。型ができたら粘土を取り出して、その空洞に砕いたガラス(ザラメより少し大きいくらいの直径3mmくらいのガラスを別の日にふるいにかけて用意しておく)を詰め込んで砂糖のように盛って。それを電気炉の中に入れて、900℃に上げてガラスを平らに溶かします。ガラスは表面張力で型の左右に向かって盛り上がる習性があるので、真ん中をてんこ盛りにしておいて。それらが溶けて平らになったら、1週間かけてゆっくり冷まして。常温になったら石膏を割って取り出し、耐水ペーパーで水をつけながら、出したい光沢になるまで磨きます。粘土の時に爪を立てたりヘラが当たってしまったら、それがそのままできあがりに出てくるので、工程がそのまま映し出されてしまうんです。いつまで経ってもドキドキするけれど、窯を開ける時がいまでも一番ワクワクしますね。

———長い時間をかけて、しかも一つの型でたった一つだけしか作品ができないのですね……。ふだん制作されているときは、一日をどんなふうに過ごされているのでしょうか?

タナカ:季節によって異なるんですけど、たとえば夏は朝4:30ごろに起きて、まず庭の様子を見て。そのあと母屋と庭を挟んだアトリエで、朝できる作業を済ませます。粘土と向き合う時間ですね。そのあと朝食と用事を済ませて、8:00ごろから制作をはじめます。庭いじりが好きなので、トイレや用事などで母屋とアトリエを行き来するたびに植物をチェックしたりしているような気がします。ターシャ・テューダー(アメリカの絵本画家・園芸家)が手がけるような、自然にあふれた庭が好きで。それがおよそ15:00ごろまででしょうか、そこから17:00までデスクワークや値付けなどの事務作業を行い、日が暮れる前には仕事を終えて。夕食を摂ったあと、遅くとも22:00には就寝するようなサイクルです。

———一日を長く過ごされるアトリエや、ふだん使用されているお仕事道具についても教えてください。

タナカ:車が3台入る車庫の2台分を車庫に、1台分をアトリエにしています。でも冬は寒いので、アトリエでは制作しないですね。長野の冬は外がマイナス15℃、半分屋外となるアトリエも同じ温度になってしまうので。なので、母屋ですこし作るだけにして、2ヶ月ほど冬休みをいただくようにしています。道具は粘土と向き合う仕事なので、陶芸家さんが使われるものとほぼいっしょだと思います。粘土ベラ、ケーキ職人が使うような平らにするためのヘラやパレット、石膏を割るハンマー。また、作品や草を撮影するカメラと庭いじりの長靴は愛用品ですね。綿毛研究家としても活動しているので、綿毛をよく撮っています。綿毛の根元の構造や成長過程を観察するのも。自分の大切な時間ですね。

———そんな時間が、作品作りのインスピレーションにもなっているのですね。

タナカ:そうですね、植物や観ていてほっこりするものが好きで。それそのものを作ることはしませんが、大きく影響は受けている気がします。

 

最後はボロボロになって個展を迎えることもあるけれど、やっぱり作ってよかった、と毎回思います。最後のひらめきは大きい

 

———プロフェッショナルな作り手として、心掛けていらっしゃることはありますか?

タナカ:気持ちとスケジュールに真摯に向き合うこと、でしょうか。私の場合、幸いにして苦しいと思う工程はあまりないので、愉しみながら気持ちに向き合うことを大切にしていて。とはいえ、やっぱり個展前の1〜2週間はとても苦しくなります。アイデアが浮かんでも、今日すぐに完成する作品ではないので。徹夜することだってあります。もっと早くアイデアを思いつけば、なんていつも感じるのですが、そういうものっていつも間際になって出てくるもので。妥協はできないから、最後はボロボロになって個展を迎えることも多くて(笑)。でもやっぱり作ってよかった、と毎回思います。最後のひらめきは大きい。

———今回のもみじ市のテーマは<ROUND>。いちばん最初に浮かんだイメージはどんなものでしたか?

タナカ:つながり、ですね。もみじ市や手紙社さん、ごいっしょする作家さんたちとのご縁を強く感じて、今ここにいます。そのどれもがとても刺激をいただける、キラキラした存在で。

———そんな想いをお聴きできて、今回お持ちいただける新しい作品と逢えることがより楽しみになってきました。

タナカ:ありがとうございます。『塔』と『お月さま』をぜひ観てほしいです。塔にはたくさんの銅線を挿していて、ガラスと銅が融合して一つの作品を形作っているところが見どころです。銅とガラスは膨張率が合うようで、相性がとてもよくて。ガラスの中に銅が溶け出すと、銅青色になるんです。高温になる過程で銅が一部朽ちたり、残ったりするところもよい表現になっているんじゃないかと。

———秋の光に包まれた作品が河川敷にずらりと並ぶのが、今から楽しみです。多摩川でお待ちしています!

〜取材を終えて〜

お逢いしても、お電話しても、メールでやりとりしても。いつも心を穏やかにさせてくださるあたたかなコミュニケーションが印象的なタナカさん。なるほど創り出される作品が持つ瑞々しさや柔らかさは、ほかならぬご本人の持つアウラをまとったものなのだな、と商品カタログ予習帳のために撮り下ろした写真を何度も眺めながら、あらためてそう感じるのでした。(取材・テキスト/古田祐子、リード・編集/手紙社 藤井道郎)

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