【PROFILE】
千葉県佐倉市の大佐倉駅から車で2分の場所にある、谷洋一郎さん、淳子さん夫妻で営む農園。「秘境」と呼んでも良いような自然に囲まれた環境で育てられる作物は60種類以上。自分たちが暮らしていく中で食べたいものを育て、週末にはキッチンカーでその野菜を使った料理を販売しています。野菜が苦手な方でも、一度食べたらきっと虜になってしまうはず! 特に人参ジュースは驚くほど飲みやすいのでおすすめです。僕(担当:上野)は、たに農園さんの大きなナスを「ナスステーキ」にしました。輪切りにし軽く塩胡椒をしただけで、豆腐のように柔らかく甘さを感じられる絶品です。
http://taninoen.com
【スペシャルインタビュー「食べたい物を育てていく」】
大きな農園を夫婦で営む谷洋一郎さん・淳子さんに、穫れたばかりの野菜を頂きながら、担当:上野樹がお話を伺いました。
農家への憧れ
洋一郎:まずはこれ、うちで獲れた野菜を食べてよ。これが僕らの一番良くわかってもらえる自己紹介になるから。
淳子:この麦茶もお米もそうですよ。どんどん食べて下さいね。
ーーーありがとうございます。野菜の天ぷらにうどん、どれも美味しそうです。
洋一郎:てんぷらに使っている油も畑で獲れたものから、うどんも小麦から作ったものです。
ーーー野菜の味がどれも濃いです。農家になったきっかけは?
洋一郎:元々“食べる”ことが好きで、いつか稼ぎは少なくても家で1日3食しっかり食べられる生活を送りたい、と思っていたんです。そんなことを思いながら、農業に関わったのは大学生の頃で、農家の手伝いでたまねぎの草取りをしたのが初めての出会いでした。それで農家は食べ物を作れて自分の考えとも合致しているしこんな素晴らしい仕事はないと思うようになって、いつかは農家になると気持ちを決めていました。その後は時代的に今みたいに新規の就農者が食べていける風潮では無かったのでまずは就職、という意味で、丸3年間、サラリーマンとして農協で働きました。
ーーーサラリーマン生活を送っていたとは意外です。それからの農家への道のりは?
洋一郎:サラリーマンの時はデスクワークが殆どで、農業とは程遠い生活を送っていたのですが、やはり自分は農家になりたいという気持ちが膨らんでいきました。退社を決意した後は日本各地の農家に足を運び、どこで始めたら良いかを調べていました。ようやく見つけたのが静岡で、そこで塾講師をしながらの兼業農家になったのが始まりです。
ーーー他にもお仕事をされていたのですね。
洋一郎:当時は農家で食べていける実感が全く湧かない時代だったので、塾で教えながら農業もやっていました。でもその時はなかなかうまくいかないことばかりでしたよ。静岡の山の中だったのでイノシシとか動物が出て畑を荒らされる、天候のせいでうまく野菜が作れない、というのもしばしばありました。田舎で暮らすという理想と、農業で生活していく現実の境目が僕の中でまだ曖昧だったところもあって、戸惑うことばかりでした。当時の収入としては塾の稼ぎが生活費になり、作物が売れればそれが道具とかトラクターとかの費用になっていく厳しい生活をしていました。そんな時その塾がなくなったこともあって、しっかり農家だけで生活していきたいと決心し兼業を辞め、農家一本でやっていくことにしました。そうして今の千葉の土地に移り住むことになったわけです。
ーーー紆余曲折あって今の土地に辿り着いたのですね。千葉というとまた遠い場所になりましたね。
洋一郎:千葉の佐倉に来るまで色々な土地の畑を見ましたが、自分のような何処の馬の骨ともわからない者に畑を貸してくれる所がまず無かった。今では農家になりたいと思う若者に門戸が開かれているけど、その当時はそういう考えの人はほとんどいなかった。唯一佐倉市が自分たちを受け入れてくれて、ここで始めることになりました。最初は荒れっぱなしになっていた畑を、草刈りすることからスタートしました。お金も無かったから大きな機械を入れることも出来ないので、徐々に綺麗にした所から耕して作物を育ててという感じです。こつこつ自分たちの力だけで出来ることをやっていきました。手間と時間と労力をかけて、自分たちの作りたい野菜を育てています。
自然に生きて行くということ
ーーー農家の方は365日お仕事をされているイメージですが、挫けそうな思いもあったのでしょうか?
洋一郎:夏になるともう汗のかかない人生を送りたいと思うし、冬になるとこんな寒いのはもう嫌だって思います。天候に左右されることばかりだからそういった所は大変。だけど、それが楽しかったりもするんです。ビニールハウスとかを建ててしっかり管理した中で作れば少しは解決するのだろうけど、そういった農業には自分は魅力を感じなかった。直に自分の肌で雨風を感じて作物を育てたい、ということが一番にあったから、大変と思うようなことも乗り越えて来れました。
ーーーしっかりとその土地と向き合って作られているのですね。
洋一郎:まさに地球と対話しながら育てている感じです。太陽が昇ると同時に農作業を始め、日が暮れてきたら終わり。冬は霜が降りるまで仕事は出来ないので、きっちりこの時間外に出て作業、というものはありません。風と雨と土と目の前にある状況を読み取って野菜を作っているというのがしっくりくるかな。よくサーフィンをする人が波と風と気温を感じて、地球を相手に遊んでいるとか言いますが、地球全体と関わりあっているところに自分の農業との親和性を感じています。だから、将来的には自然にあるものだけで生活していけたらと思っているんです。
ーーー自然にあるものだけ、自給自足ということでしょうか。
洋一郎:全て自分の作ったもので生活していけるのが理想です。他で買い物をしなくてもいいようにしたい。突拍子もないけど電気とかも自分で作れたらと思います。今年は蒔を買って暖炉にしようと思っていて、そうすれば灯油を買わなくて済むようになるし、お湯も太陽熱で沸かせるようになればガスも必要なくなるかもしれない。それって自分たちの目指す稼ぎは少なくても豊かな暮らしというものに近づくことだと思うんです。もし自分たちで作れないものがあれば、それを作れる人と物々交換していけばなんとかなりそうだなと。そうやってみんなが作ったものを分け合いながら生活していければ、豊かに暮らしていける。今やっていることはそれの延長線上にあると思いながらしています。
もみじ市で食べてもらいたい物がある
ーーーもみじ市へはいつからのご参加ですか?
洋一:まだ静岡で農家をやっている時に始めて渡辺さん(現・手紙社取締役)が声を掛けてくれたんです。ただその時はもみじ市の凄さを何も知らず、静岡と東京の移動も大変でちょうど稲刈りの時期とも重なっていて、一度はお断りをしたんです。その後今の場所に移ってきて近くになったので実際に遊びに行ってみたら、すごく楽しくて。それでちょっと無理してでも参加をしたいと思い決意しました。それからはもみじ市の時にキッチンカーを自作して野菜だけでなく色々な料理を出すようになりました。
淳子:私は料理が大好きだったので、こうしてキッチンカーでお野菜を使った料理が出来るようになってとても楽しいです。
ーーー野菜作りだけではなく、キッチンカーを自作しての料理まで。農家の枠組みを超えるようになりましたね。
洋一:それまでは野菜を作るだけだったので、こうしてイベントで野菜を使った料理を振る舞えることに喜びを感じることが出来ました。もみじ市というきっかけを与えてもらったおかげで、野菜作りと同じ位、僕らの作った野菜を料理した物を出したいと思う決心がついた。なのでキッチンカーを作ろうと思い立った時も、最初に費用は掛かってもやる価値はあると感じていたんです。本当に今でもやって良かったと思っています。
ーーー新しいことを始めたきっかけがもみじ市だったのですね。
洋一:今年はさらに新しく、ビールを作ってもみじ市で出そうと考えています。今までは玄米タコライス・ピクルス&ソーセージ・にんじんジュース・しそソーダというメニューだったのですが、ここに自家製ビールが加わります。どうぞ一口飲んでみて下さい。
ーーーまさかビールまで!? ではインタビュー中ですが失礼して…
洋一:どうですか? このビールのテーマは「畑と公園と河川敷で飲んで美味しいビール」なんです。いつもお世話になっている同じ佐倉市のロコビアさんという醸造所で、うちで育てた麦を使って作ってもらったんです。あのもみじ市の河川敷で野菜とともに飲んだ時に美味しい、と感じてもらえる味を目指して作りました。
ーーー河川敷の風景が思い浮かぶほど爽やかな味わいです。本当に美味しいです。
淳子:私は今妊婦なので全然飲めないのですが、ビール作りに没頭する夫はいつも楽しそうです。
洋一:もともとその醸造所とはビール工場で出たビール粕を肥料にしてもらっていた所からお付き合いが始まったんです。こちらの要望に熱心に対応してくれて、ビール作りのあれこれを教えてもらいながら2年前の11月に種まきを開始したんです。翌年の6月に麦刈り、12月に麦を発芽させ甘みを出させ麦芽にし、今年の4月にようやく完成しました。
ーーー2年も時間がかかるのですね。
洋一:そう2年、長かったね。一つの野菜でもそこまで時間はかからないから一番手間暇かかってます。ようやく完成したという思いで、もみじ市の為に作ったと言っても過言じゃないです。毎年ビールを作っていこうと思っていて、去年も種まきをしたから今年みなさんの反応を見て、また味を改良していきたい。もみじ市では作ったビールを樽ごと全部持っていくから、みんなに全て飲み干してほしいです。
ーーー美味しいお野菜のお料理とお話、洋一さん、淳子さんありがとうございました。
〜取材を終えて〜
農家の方にお話しを聞くことは初めての経験で、失礼ながら農家の頑ななイメージを持ってインタビューに当たったのですが、谷さんご夫婦は一切そういった感じではありませんでした。自分たちの食べたい野菜を自然のまま育て、好きな野菜に囲まれ生活を共にする姿は、見ていて気持ちの良いほどの自由さがありました。都心から離れ電車もほとんど停まらない田舎暮らし。そこにはどんなに便利になった都会暮らしの人よりも豊かに生活するお二人がいらっしゃいます。たに農園さんの野菜を食べてしまったら他の野菜が味気なく感じてしまうほど。食べ物を育てることは、どんな創作活動よりもクリエイティブなことだと谷さんの野菜を食べて思うようになりました。(手紙社 上野樹)