【魚と鶏の居酒屋よいさんプロフィール】
気の置けない仲間の家の手入れの行き届いたキッチンから、魚と鶏の素材のよさを存分に引き出した美しくも飾らない料理がただただ供され続けるとしたら、そんな“口”福な場所はきっとこんなかたちをしているのだろう。長崎直送の新鮮な魚と山形の蔵王香鶏を選びぬいたお酒とともに味わえる、埼玉・浦和の居酒屋「魚と鶏の居酒屋よいさん」。秋刀魚一尾に焼おにぎりを詰めた新名物“秋刀魚焼おにぎり”は、大将・吉田宏行さんのエンタテインメント精神の結晶にして畢竟の銘品。その心意気こそが、この浦和のニュースタンダードな存在を確かなものにしている。
http://yoisan.com
【商品カタログ予習帳】
秋刀魚焼きおにぎりプレート
【スペシャルインタビュー「魚と鶏が奏でる美学」】
日本料理で培われた正統な技術に裏打ちされた大将の手から次々とサーブされるのは、いつもどこか粋なサプライズを施された、魚と鶏たちの艶やかな饗宴。その意外性に満ちた豊かなアンビバレンス(両価性)は、ただただ今ここに居られることへの感謝ゆえ、なのだという。そんなかたくななまでの決意のイノセンスに触れたくて、浦和へと向かった。
日本料理から学んできたことは間違ってなかったと思うし、今はいい裏切りでもっと悦ばせたくて
出店3年目を迎える今回、もはやもみじ市での「よいさん」の代名詞ともいえる“秋刀魚焼きおにぎり”はさらにアップデート。キラーコンテンツにして新作——自らを追い込むように看板メニューの更新に躊躇なく挑むその姿勢は、どこか求道的ですらある。
「これならみんなびっくりしてくれるかな、という想いがつねにあるんですよね。秋刀魚と焼きおにぎりだったら、ふつうは逆(おにぎりのなかに秋刀魚が入る)だよね、っていう(笑)。でもいつもまだ完成していない、自分にはもっとできるはず、と感じていて。見た目も味も、まだまだ進化させられる。だから今回は店名のとおり、魚だけじゃなくて鶏も加えることで、ワンプレートでお店自体が表現できたらいいな、と。自分のお店を構えて6年目、お客さんがそんなチャレンジをすこしずつ評価してくださるようになってきたので、日本料理から学んできたことは間違ってなかったと思うし、今はいい裏切りでもっと悦ばせたくて」
守破離(しゅはり)とは型を“守り”、よりよい型を作ることで型を“破り”、型から“離れて”自由になる、ということ。だが懐石料亭で10年修行し、焼鳥と魚を出すすべて手造りの居酒屋で4年弱その力を試した彼にとっても、念願の自分のお店ではじめから自由に羽ばたくことは困難を極めたという。
「おいしいものを提供するのは当然として、女性一人でもふらっと入られて、それぞれのテーブルや空間で思い思いにくつろげる、今でいうカフェみたいな居酒屋を創りたかったんです。これが、当時の埼玉の商店街ではまだなかなか難しかった。『何を出してくれるの、この日本酒じゃ合わないな、焼酎をもっと増やしたほうがいい』なんて興味本位のお客さんが多くて。悔しいし、翻弄されますよね(笑)。ただ、ほんとうに厳しく育てていただいたおかげで、一切ブレることはなく。変わらないことで、すこしずつお店を理解してくださる人たちが引き寄せられるように来てくださるようになって。お客さんのほうが『何を出してもらえるんだろう』に変わってきたんです」
料理を作ることは、生きるためのお返しですよね。でも、こういう気持ちに気づけてはじめて料理人になれた気がします
それをもってして彼の料理人としての心得こそが今の「よいさん」を作った、と結論づけることはたやすいだろう。一方、彼と話せば話すほど、こうも思うのだ。赤裸々なまでにまっすぐに人に向き合い、自分に向き合い、目をそらさず前だけを向き続けたその強い意思こそが「よいさん」の魅力の本質、なのだと。そう、料理人である前に。
「先輩後輩をふくめ、たくさんの背中にほんとうにいろんなことを教えていただきました。6歳上の方が後輩として下についたときもそう。恥ずかしながら、自分は身につけてきた技術をどこか出し惜しみしていたところがあって。包丁の使い方も茹で方も、あまり人に見せたくなかった。その方も新しく入った職場で、いってみればちゃちゃっと適当にすませればいいはずだけど、すこしも手を抜かずにとてもていねいな仕事をされていたんです。それって、その人の信用をその場で作るもので。自分もそうあるべきだなあ、と強く衝撃を受けて。今は、自分の技術を100%表現してそれを食べてもらう、それが大前提。体調が悪かろうがなんであろうが、妥協なんて許されない。息をするのと同じ。それがいま、目の前のお客さんに出した料理が、自分の子どものおむつ代になっていて。すべてつながっているんですよね。だから、ほんとうに感謝しかない。それに対して応えているだけ。生きるためのお返しですよね。でも、こういう気持ちに気づけてはじめて料理人になれた気がします。ようやくスタートラインに立てた、というか」
全力で舞台を作っていただいているのがわかるので、それにとにかく全力で応えたい
きっかけは手紙社代表・北島からのラブレターだった。「ひたむきな熱い気持ちがあったからこそ、もみじ市に参加しようと思った」という「よいさん」。今年のテーマ<ROUND>には、あらためて深い「ご縁」を感じてくれたよう。
「あのメールがあったからこそ、今があって。今となっては、自分のお店をやっていく上での大きなモチベーションになっているんです。みなさんで全力で舞台を作っていただいているのがわかるので、それにとにかく全力で応えたい。そして当たり前にそんな気持ちにさせてくれることがとてもうれしくて。とくにオープン30分前にある朝礼、直前なのでとにかく参加するのがたいへんなんですけど、でもお互いにエールを送り合うあの暑苦しい時間があるからこそ(笑)、自分はこの人たちといっしょに居たいのかもな、と」
〜取材を終えて〜
「商品カタログ予習帳」の撮影を兼ねて、じっさいに当日提供される予定の“秋刀魚焼おにぎり”プレート試作品をいただきながらの取材となった当日は8月。ご覧の通り秋刀魚焼きおにぎりを中心に薫り高き秋野菜、蔵王香鶏も華やかに、稲穂まで踊るその姿に豊穣の秋を感じるが、盛夏を誇るこの時期にそれを再現することの困難さたるや。素人目に見ても頭が下がるこんな流儀もまた、彼の生き様を体現しているのだろう。(手紙社 藤井道郎)