【かいじゅう屋プロフィール】
橋本宣之さん・橋本美香さんの夫婦2人が営むパン屋。昨年3月、10年愛された目白のお店を閉め、現在の場所、立川に移転・新規オープンする。店頭には天然酵母のパンや焼き菓子が並ぶ。水曜日には、同敷地内の鈴木農園のカラフル野菜を使ったサンドイッチが並ぶ。決して便利とは言えない立地でも、「かいじゅう屋のパンを」と足繁く通うお客さんの姿は絶えません。焼き立てのパンを口にすると、橋本さんご夫婦のパンへの熱意と誠意が伝わってくるかのように、お腹も心もじんわり温まります。
https://www.instagram.com/kaijyuya/?hl=ja
『月刊 かいじゅう屋』記事一覧
7月号「色のついたかいじゅう屋」
8月号「名もなきパン屋、でもいい」
9月号「外に出てゆくかいじゅう屋」
10月号「もみじ市のかいじゅう屋」
【月刊 かいじゅう屋 7月号】
特集「色のついたかいじゅう屋」
思いがけない一言
目白から移転して1年。この1年はかいじゅう屋にとって、まさに変化の年だった。目白のお店は営業日には決まって、パンを求めて開店前から行列ができる評判のお店。一見、順風満帆にも見えるその状況から、なぜ移転に踏み切ったのだろうか。宣之さんは次のように語ります。
「独立してすぐは自分の焼いたパンでお金をもらうことに対して恐怖心を抱いていました。でも、10年という時間が経つ中で、徐々にその気持ちがどこかにいってしまっている……。その心の変化に怖さを抱いたんです。このままではこれ以上の成長はないかもしれない、と、ハッとしました。そんなとき、鈴木農園さんからのお誘いが。自身の心境とのタイミング、そして鈴木農園さんとのご縁が、移転の後押しとなりました」。
立川に移転して新しく登場したのが毎週水曜日だけの限定メニュー、カラフルサンドイッチ。このサンドイッチの具材の野菜は全て鈴木農園で栽培された無農薬の有機野菜。しかもその日の朝、鈴木農園さんの目利きで選ばれたものたちです。色鮮やかな野菜の中には、普段あまりスーパーでは目にしないものも多くあります。具材の組み合わせを担当するのは美香さん。旬の野菜をどんな組み合わせで、どんな味に調理するのか、鈴木農園さんにアドバイスをもらいながら組立ているそう。野菜の旬の移り変わりは早いため、その週にしか食べられないサンドイッチができることもあるそうです。
以前、食事用のプレーンなパンしか焼かなかったかいじゅう屋が、鈴木農園の野菜をたっぷり使ったサンドイッチを販売することは、目白時代からかいじゅう屋を知るファンには、大きな驚きだったようです。お客さんの1人の言葉が、宣之さんの中に残っています。「かいじゅう屋のパンに、色がついたね」と。かいじゅう屋の信条は、基本に忠実に、“特別でない”毎日食べたくなるパンであること。“カラーがないこと”こそが、その信条を体現していると思っていた宣之さんには、ハッとさせられるお客さんの言葉でした。「鈴木農園の野菜と出会って、カラフルなサンドイッチが出来上がりました。実際の見た目の色ではなく、具材(野菜)とパンとを融合しようと苦心する僕らの心情を含めての『色がついた』という言葉だとしたら、すごく嬉しいことです」と。
今月のパン〜カラフル野菜のサンドイッチ
「新玉ねぎとパセリの卵サラダバーガー」
卵サラダバーガーの下にはズッキーニの厚切りステーキ。ジュワッとジューシーなズッキーニと卵サラダがよく合います。きらきら、プチプチとした緑の葉はアイスプラント。食感と塩気と酸味がきいた不思議な野菜をひと房まるっと。
「フランスパンのツナマヨサンド」
ルッコラとツナマヨ、まるでさくらんぼのようなミニトマト「プチプヨ」にチコリー。パンはプチフランスパンを合わせました。思い切り大きく口を開けてどうぞ。
「スイスチャードの和風ハンバーグバーガー」
紫玉ねぎとスイスチャード入りハンバーグに新玉ねぎの和風ソースを合わせて。トッピングには、なすと伏見甘長とうがらしの甘みそ炒め、そして、アロマレッド人参とコリンキーのラペを。ハンバーグにもスイスチャードと新玉ねぎを盛々混ぜ込んでいます。なすと伏見甘長とうがらしは甘めの味噌炒めに。ごはんがすすむ味付けですが、パンにも合います。コリンキーが出たのでさっそくラペに。アロマレッド人参のオレンジとコリンキーの山吹色が見た目にも大変鮮やかなバーガーに仕上がりました。
(編集・柴田真帆)
《次号予告》
特集「名もなきパン屋、でもいい」
【月刊 かいじゅう屋 8月号】
特集「名もなきパン屋、でもいい」
かいじゅう屋のルーツ
かいじゅう屋の店主・橋本さんは元々、パン好きではあったものの、パン職人を志していたわけではありませんでした。都内のパン屋を食べ歩くのが好きな、いちパン好き。ところがある日、都内のパン屋を食べ歩いていたときに出会った「ルヴァン」のパンに衝撃を受けます。ルヴァンと言えば、日本における天然酵母パンのパイオニア的存在。今でこそ天然酵母のパン作りをしているお店も増えましたが、当時は珍しいものでした。ルヴァンで働き、そのパン作りを学びたいと希望した橋本さんですが、そのとき職人の募集はありませんでした。
その後、橋本さんはバックパッカーとして、アジアを中心に旅をして過ごします。このとき、国ごとに異なる食文化や食生活に触れた経験も、後のパン作りの中で生きているそう。そしてルヴァンのパンとの出会いから5年後、チャンスが巡ってきます。とうとうルヴァンでの職人募集があったのです。そこから、橋本さんのイチからのパン作りの道が始まりました。ルヴァンでは、原料となる小麦を粒の状態のまま仕入れ、お店で挽くところから行っています。そういったパン作りの原料の工程から向き合うルヴァンの姿勢、考え方が、橋本さんの礎となりました。今日のかいじゅう屋のパンつくりは、ルヴァンでの手法を継承しているのだそう。
かいじゅう屋の営業は、火、水、金、土曜の週4日、10時〜16時の6時間だけ。こう聞くと、限られた時間のように思えますが、営業日の当日は午前2時から仕込みを始めるという多忙ぶり。起きている時間のほとんどは、パンに向き合う時間なのだそう。
「かいじゅう屋のパンは、特別なパンにはなりたくないんです。ハレとケで言ったら、ケ。普段着のパン。毎日食べても飽きない白米のようなパン。日々の暮らしに馴染むパンでありたいです。だから、かいじゅう屋としての看板、屋号も必要だけれどもなくてもよい、と思っていて。“あの2本のケヤキの木の奥にあるパン屋さん”くらいの、名もなきパン屋でもいいのかもしれません。」と橋本さんは、かいじゅう屋のパンについて語ってくれました。
「ハレとケで言ったら、ケ」と口にする橋本さんですが、かいじゅう屋のパンを口にできることは、わたし(柴田)にとっては、とっておきの「ハレ」の気持ち。こんなにお腹も心もあたたかく満たされるパンを日常的に食べられるなんて、店舗近くに住んでいるお客さんが羨ましくなってしまいます。橋本さんの謙虚で実直な姿勢から生まれるパンを求めて、今日もかいじゅう屋に足を運ぶ人は絶えません。
今月のパン〜普段着のパン〜
まるぱん。まるぱんは優しいイメージなので、“パン”ではなく“ぱん”なのだそう。ふわふわしすぎない、もちっとした食感が特徴。そのまま食べるだけでなく、何か挟んで食べるのもお薦め。毎週水曜日のカラフル野菜のサンドイッチにもこのまるぱんが使われています。
やま食パン。焼型にフタをせずに焼き上げるため、気泡が大きくふわふわになるのが特徴です。山の部分のパリパリした食感が楽しめます。
1.5斤サイズの角食パン。蓋を付けて焼成する角食は水分の蒸発も少ないので、しっとりとした口当たりです。
かいじゅう屋の3種類のコッペパン。手前から、プレーンコッペ、甘酸っぱさが堪らないあんずコッペ、チョコレートの甘みとかりっとした食感で人気のチョココッペ。
(編集・柴田真帆)
《次号予告》
特集「外に出てゆくかいじゅう屋」
【月刊 かいじゅう屋 9月号】
特集「外に出てゆくかいじゅう屋」
目白に店舗を構えて10年余り、そこから現店舗の立川に移転して1年半。かいじゅう屋の歴史は12年を迎えました。12年間の中で、去年初出店したもみじ市。実はかいじゅう屋にとって、店舗以外の場所でパンを販売する初めての経験が、もみじ市でした。
もみじ市の感想を美香さんにお聞きしました。
「作り手と呼ばれる方の多様性に本当に驚きました。普段、私達夫婦2人だけでパンを作り、そこに足を運んでくださった方々とのやりとりで完結していただけに、出店者の方々はもちろん、多くのお客さんとの出会いが新鮮で。目白で営業していた頃のお客さんも、もみじ市のおかげで再会できた方もいました。自分たちが外に出向くことで広がる世界と縁を改めて認識したのが、2017年のもみじ市だったんです」
今年から、以前店舗を構えていた近くで月に一度の出店も開始したかいじゅう屋。その日は、車にいっぱいのパンを積んで立川から都内に向かっているのだそう。目白のかいじゅう屋に通っていた頃のお客さんの喜ぶ顔が目に浮かびます。宣之さんは「これからは出店形式のイベントも声をかけてもらったら積極的に参加してみたいと思っています。目白は都会でアクセスもよかったですが、今のお店はそうとも言えません。立川の新たなかいじゅう屋としてあちこちに出向いて、うちのパンを知ってもらいたいですし、どんな方がうちのパンを手にとってくれるのかも知れたら」と話します。
今は立川と目白の2箇所、そしてもみじ市。今後どこでかいじゅう屋のパンと出会える機会が増えていくのか。その場所ごとに、新たな出会いが生まれることを想像すると、一かいじゅう屋ファンとしてもワクワクしてきます!
今月のパン〜かいじゅう屋の焼き菓子〜
酵母スコーン。自家製酒かす酵母で60分じっくり焼き上げ、周りはカチッと歯ごたえ、中はしっとり。一本食べるとお腹も満足する、食べごたえのあるスコーンです。
左:黒糖ココナッツクッキー、中央:とうもろこしクラッカー、右:きなこくるみクッキー
とうもろこしクラッカーは砂糖不使用。カリカリ、ポリポリとした食感のかいじゅう屋のクッキーとは異なり、サクサク軽めの食感。コーンミールのプチプチ感が楽しい、噛めば噛むほど味わい深いクラッカーです。
キャロットピーナッツクッキーは砂糖不使用、アロマレッド人参のすりおろしが入った塩味のクッキー。塩気があるので、カナッペのように食べても、お酒のおつまみにしても。
(編集・柴田真帆)
《次号予告》
特集「もみじ市のかいじゅう屋」
【月刊 かいじゅう屋 10月号】
特集「もみじ市のかいじゅう屋」
車いっぱいに焼きたてのパンを積んで、立川からかいじゅう屋がやってきます。今月号ではもみじ市のかいじゅう屋のブースのラインナップをご紹介。秋空の河川敷で、パンの香ばしい香りを胸いっぱいに吸い込み一口頬張れば、とびきりのひとときになること間違いなし!
【パン】 全4種類をお持ちします。
かいじゅう屋の目指す“普段着のパン”を象徴する一品。当日は、このまるぱんで、鈴木農園カラフル野菜とコラボメニュー(野菜のソテーのサンド)も提供予定です。
軽い口当たりで、思わず1つ、2つと手を伸ばしてしまうチョコチップコッペ。
バゲット生地を低温で長時間発酵させて作っています。南瓜のほのかな甘みとプルーンの酸味を感じてくださいね。
食べながら、どんな木の実が入っているのか当ててみてくださいね!
【焼き菓子】全5種類をお持ちします。
美香さんもお気に入りという酵母スコーン。酵母を酒粕から起こすところから手掛けています。全粒粉の香ばしさも美味しさの秘訣。
香り高いほうじ茶の茶葉を生地に入れ込んだマフィン。
自家製甘夏ピールを入れたマフィンです。夏みかんの皮のほろ苦さがポイント。
かいじゅう屋の12年の歴史の中で、ずっと作り続けられているクッキー。
バターと砂糖を使わないレシピのため、自然な甘みが楽しめます。
取材を通して、宣之さん・美香さんのひたむきで情熱に溢れているパン作りの姿勢に触れる度に、背筋が伸びる思いでした。今日のパンが明日につながり、明日作るパンはまたその次の日につながっている……。かいじゅう屋のパンが紡ぐ日々の積み重ねこそが、多くの人の幸せとなっているのです。
(編集・柴田真帆)