【liirプロフィール】
福井県に構えるアトリエで、ガラスの自然な振る舞いをそっと留めたような、美しい作品を作る森谷和輝さん。2011年から、liir(リール)という屋号で活動しています。吹きガラスの技法で作られる透明な作品と、キルンワークという技術を用いて作る、リサイクルガラス独特の表情を持つ作品。異なるガラスの性質を活かして作られる作品には、ガラスという素材に魅せられて作品作りを始めたという、森谷さんの想いが表れています。彼が作る作品の魅力は、作品そのものとしての凛とした佇まいのみならず、暮らしの中で見せてくれる、気取らない姿にあります。「ふとした時に綺麗だなと思えるものを作りたい」という森谷さん。日々の中で、使うたびに愛おしくなるliirの作品の輝きを感じてみてください。
http://www.liir1116.com/
【商品カタログ予習帳】
basket
basket
小鉢(左)とスプーン(右)
スプーン
bell L
sei
kou
フォールグラス
角取皿
リネン皿6寸
八角皿 L
コーヒー匙
『月刊 liir』記事一覧
7月号 特集「basket」
8月号 特集「fall glass」
9月号 特集「スプーン」
10月号 特集「八角皿」
【月刊 liir 7月号】
特集:basket
透き通ったガラスと、淡く曇りがかったガラス。2種類の異なるマテリアルを使って制作を行う、liir・森谷和輝さん。ひとつの手から生まれた、同じ“ガラス”という素材の作品でありながら、それらは表情も、性質も、用いられる技法も異なります。素材からインスピレーションを受け作ることもあるという、彼の作品を知るにあたって着目してほしいのは、その成り立ち。「月刊 liir」では、ガラスの奥深さに触れながら、liirの魅力を発見していきます。
初回の7月は、ほんのりと青白く、曇りがかった表情を持つガラスでできた『basket』についてご紹介します。
ガラスを柔らかく編んだかのように、伸びやかで、自由な形。5月に行った個展で、liir・森谷和輝さんが発表した新作『basket』は、花のような、抽象彫刻のような、独特の美しさを湛えていました。この不思議な形は、どのようにして生まれたのでしょうか。
ガラスのカゴ
liirの新たな作品が出来上がる時、「こんなものが欲しい」という想いから生まれる場合と、素材からインスピレーションを受け、その可能性を追求するように作られる場合があるといいます。今回のbasketは“丁度半分ずつ”なのだとか。
森谷「まず一つは、自分で使ってみたいと思った事がきっかけでした。竹や籐のカゴみたいなものを、編むようなイメージで、ガラスでも作れないかなと。もう一つは、グラスなどを作る時にできる“輪っか”があったので、これで何か新しいものを作ろうと思ったんです」
森谷さんの作品『フォールグラス』の仕上げの際、上図のようにグラスの縁を切り取るため、“輪っか”の部分が余るのだそう。この輪を重ね合わせたら、カゴのようになるのでは? そうして試作を重ね生まれたのが、basketでした。
作り方は、意外にもシンプル。まず“輪っか”を円状に重ねて並べ、窯で溶かすと、花のような形をした1枚の板ガラスが生まれます。
この板ガラスを凸型に載せ、再度窯に入れると、熱で自然と型に沿って変形し、basketが出来上がるのです。
hogging basket
試作を重ねる中で、最初に出来上がったのが、3つの輪を組み合わせた、一番小さなサイズ。これがその第一号の写真です。凸型に板ガラスを載せて溶かす「hogging」という技法を、初めて試した作品でもあるのだとか。とても伸びやかな形が生まれ、その自由な姿を、森谷さんも気に入っているそうです。
それからはさらに6枚を組み合わせた中くらいのサイズと、16枚を使った特大サイズなどが誕生。使う輪のかたちや数、重ね具合、型の種類によって多種多様なbasketが次々と生まれました。
まるで火山から溢れ出た溶岩のように流れる、ガラスの自由な姿を留めたbasket。ひとつの作品の中でも、角度によってまるで違った装いを見せてくれます。別々のパーツを組み合わせることで生まれた、厚みや濃度のムラもまた、魅力の一つ。ぜひもみじ市で、その豊かな表情をお楽しみください。
(挿画・編集:本間火詩)
liirの定番品『フォールグラス』。滑らかなくびれを描く曲線や、側面のガラスの薄さと底面のぽってりとした厚みとのコントラストが特徴的です。今月は、森谷さんにとって“特別な一品”だというこちらのグラスをご紹介します。
ガラスのグラス
森谷さんが愛用する、ほんのりと曇りがかったリサイクルガラスを使った作品は、キルンと呼ばれる電気炉を用いて作られます。キルンワークでは型を使うことが多いため、プレートなど平たいものに適しており、グラスのように背の高いものには不向きなのだそう。森谷さんも当初は、お皿ばかりを作っていたと言います。
しかし制作を行う中で「キルンワークの作品の質感でグラスを作ってみたい」という想いが膨らんでいきました。そして5年ほど前、今の工房に移ったタイミングで挑戦し、生まれたのがこのフォールグラスだったのです。
フォールグラスは、凹型にガラスを流して作る「sagging」という技法を使います。前回ご紹介した凸型を用いる「hogging」の技法を用いる 『basket』では、板ガラスの縁が型に沿って広がっていきましたが、今回はリング状の型に挟み込まれた板ガラスの中央が、ゆっくりと溶け落ちることで形作られます。
このグラスが完成するまでは、長きにわたる試行錯誤があったと言います。窯に入れる時間が短すぎてはグラスの形が生まれず、長すぎても広がりすぎて形が崩れてしまう。何度も失敗し、1つ1つ溶け方の違うガラスと幾度となく対峙しながら、ようやくこのフォールグラスが出来上がったのです。
1つの窯に入る2個のフォールグラスを作るために、1週間もの時間がかかります。森谷さんの工房にある窯は2つ。最初は板ガラスを作るため、次にグラスの成形のため、最後に飲み口を滑らかにするため、3度の窯入れを行ってようやく完成するグラスは、決してコストパフォーマンスが良いとは言えません。しかしそんなフォールグラスがliirの定番品となっている理由は、森谷さんの作り手としての想いにありました。
森谷「気泡が伸びる様子や、厚みにムラのあるガラスが、見ていてすごく面白いなと思ったんです。自然に近いものが作れている気がして。もちろん、このグラスだけを作り続けていたらとてもやっていけない。だけど、コストや実用性を越えたところで『こういうものを作っていきたい』と思える、僕にとって特別な作品なんです」
フォールグラスとフォールコップ
それから制作を重ねるうち、姉妹品とも呼べる「フォールコップ」も誕生しました。こちらは側面のある型を使い、底の“重さ”を取ってすっきりとした形をしています。今後も型を改良したいと言う森谷さん。まだまだガラスへの挑戦は続いていきます。
重力に従って自然に溶け落ちた(fall)ガラスの様を、そのままに留めたフォールグラス。上部に残る引き伸ばされた楕円の気泡と、下部に見えるまん丸の気泡が、ガラスの溶ける様を想像させます。厚く溜まった曇りガラスの変化に富んだ表情と、薄く伸びたガラスの透明感のある顔つき、1つのグラスの中に共存する2つの美しさを、ぜひ秋の河川敷で、実際に感じてみてください。
(挿画・編集:本間火詩)
ほんのりと白く光る、艶のあるガラスの描く曲線。まっすぐな円柱から繋がる皿には、まるでべっこう飴のような愛らしさがあります。この夏、新たに生まれたliirの『スプーン』。8月のグループ展に合わせて制作された新作の誕生は、お店の方からの「スプーンは作れますか?」という一言がきっかけだったそうです。
ホウケイ酸ガラスの新たな表情
曇りある表情は一見すると7月号、8月号でご紹介した作品と同じくリサイクルガラスでできているようにも見えますが、実はこのスプーン、ホウケイ酸ガラスという無色透明のガラスで作られているのだとか。確かに、ガラスの内側に幾層もの重なりが見られるリサイクルガラスと比べ、こちらは芯は透き通り、表面が白んでいるよう。これまで森谷さんのホウケイ酸ガラスの作品というと、バーナーを用いた『bell』や『kou』のような、透き通った作品が多かったため、新鮮な印象です。
スプーン
このスプーンは棒状のガラスを使い、柄の部分はそのまま、皿の部分はガラスを平たく潰すことによっておおよその形を作り、最後に削って形を整えているそうです。全体に磨りガラスのような仕上げが施されていることで柔和な印象に。まるで芯から光を放っているようにも見えます。
磨りガラスのように加工したことで、透明でツルッとした表面よりも滑りにくい、という使いやすさもあるのだとか。liirの小鉢と合わせて冷たいデザートに使う他、磨りガラスの表情は暖かい飲み物にも合いそうです。リサイクルガラスは温度変化に弱いため、熱い料理を乗せてしまうと割れてしまう恐れがあるのですが、このスプーンはホウケイ酸ガラスでできているため、耐熱なのが嬉しいポイントです。
*リサイクルガラスの器に温かい物を乗せたい時は、事前にゆっくりと器を温めて、温度変化を最小限にすると割れることなく使うことができます。
体の内側に触れるもの
制作の中で「今まで作った作品の中で、このスプーンが一番“体に触れるところが近い”ものだということに気がついた」といいます。器やグラスなど、これまでも口に触れるものを作られてきた森谷さんですが、口の中、つまり体の内側に入れるものは初めてなのだとか。今の形ができるまでに、何度も調整を重ねたそうです。
森谷「ガラスで作るとどうしても厚みが出てしまうので、スプーンを口に入れて、抜ける時の薄さみたいなもの。スッと抜ける使い心地のよさみたいなものを一番に意識しました」
また、スプーンの柄と皿の接合部分の角度も、試行錯誤の末に決まったものなのだとか。普段使い手としてはあまり意識することはありませんが、「少し角度が変わるだけで食べにくかったりするんですね」と森谷さん。木や金属に比べ、繊細なガラスは薄さを求めればその分脆くなってしまいます。強度と使い心地との間の絶妙なバランスでこのスプーンが出来上がっているのですね。
作った作品は、自分でも日常の中で何度も使い、使い心地を確かめては改良を繰り返していくという森谷さん。外観の美しさはもちろんですが、日常の中で無理なく愛用していけるか、ということをとても意識されているように感じます。美術品としてではなく、工芸品として、試行錯誤を重ね、丁寧に作られている作品だからこそ、liirの作品は、身近に愛おしく感じられるのかもしれません。
(編集:本間火詩)
その表面の輝きは、箔を透明になるほど薄く伸ばし散りばめたかのよう。そっと手を伸ばしてみると、指先にわずかな起伏を感じます。この起伏は、材料となるガラスの粒を敷き詰めることで生まれるのだそう。liirの『八角皿』は7、8年前から作り続けられている作品ですが、今夏新たにSサイズが加わりました。この器は、どのようにして作られているのでしょうか。
7月号・8月号の作品にも使われていたリサイクルガラス。森谷さんが愛用している上掲のガラスの原料は、なんと私たちが日々目にしている蛍光灯を砕いたものなのだそう。無機質な光を投げかけるイメージの強い蛍光管から、こんなにも美しい表情が生まれてくるなんて、驚きを隠せません。
八角皿は「キルンワーク」と呼ばれる電気炉を使った技法で作られています。まずはワックス使い、最初の原型を作ります。次にこのワックスの原型を耐火石膏で包み、蒸気でワックスを溶かすと、原型の形に空洞が空いた石膏の型が出来上がります。
この空洞に先ほどのリサイクルガラスのかけらを敷き詰め、電気炉“キルン”に入れて、待つこと2日間。石膏型を割り、中から取り出した器に磨きをかけて完成です。
素材と形
8月号でご紹介したフォールグラスと違い、釜に入れるのは1回ですが、1皿ごとにワックスの型を作り、石膏で包み、型を割り、磨き……。やはりこの器も、時間と手間をかけ、とても丁寧に作られています。リサイクルガラスを使う作品はどれも、吹きガラスに比べ時間や手間がかかる分「この素材、作り方じゃないと作れない形を作りたい」と森谷さんは語ります。
八角皿の魅力を尋ねると、「ガラスの粒を詰めて作るので、完成した器にも、その痕跡が残ります。この器だからこそ見える表情を楽しんでもらえたらと思います」と教えてくれました。表面が薄く曇り、厚みのある八角皿。内側を覗き込むと、たくさんの気泡と共に、冬の日に吐いた白い息を、そのまま閉じ込めたかのような“もや”が見えます。同じリサイクルガラスを用いる作品でも、basket、フォールグラス、八角皿……。それぞれに現れる表情が異なります。素材と、作り方と、森谷さんの感性とが合わさって生まれるliirの器。作品ごとに宿る豊かな表情を、ぜひもみじ市で、直接ご覧ください。
もみじ市に向けて
最後に、もみじ市に向けて、森谷さんからのメッセージをご紹介します。
森谷「お天気の芝生をぐるぐる回って、もみじ市のポスターみたいに探し物を楽しんで欲しいですね。物だけじゃなくて空間を味わうというか、体験をしてもらえたらいいんじゃないかな。僕のブースは今年は要望が多くって(笑)。新作がたくさんできました。去年なかったものをなるべく見てもらえるようにしたいと思います」
新しいものを作る中で、たくさんの“発見”があったという森谷さん。ガラスに美しい光が差す晴天を祈りながら、“liirのDISCOVERY”を分かち合いに来てください。
(編集:本間火詩)