出店者紹介,ジャンル:ILLUST&DESIGN

夜長堂

【夜長堂プロフィール】
大阪の天満橋の駅を降り、ゆるやかに流れる大川を眺めながら歩くこと7分。レトロビルの2階に店を構えるのが夜長堂だ。ひとたび足を踏み入れれば、外のオフィス街とは別世界に彷徨いこんだような不思議な空気が漂う。店内には、店主・井上タツ子さんが集めた古道具や郷土玩具、自らプロデュースしたモダンな図柄のペーパーやレターセット、オリジナル雑貨が並ぶ。“大正モダン”、“昭和レトロ”……。それぞれの時代を象徴する当時最先端のデザインを復刻し、現代的な要素を新たに加え紹介します。
http://www.yonagadou.com/


【夜長堂の年表・YEARS】

【夜長堂さんインタビュー】
大阪の天満橋にあるレトロビルの一画に店を構える夜長堂。ちいさな赤色の色ガラスが一際目を引く古い洋館の扉を開けると雑貨屋とも古道具屋とも違う、一言では言い表すことのできないお店。店主の井上タツ子さんも、これまた一言では言い表せない魅力を持った方。私たちでは想像つかないような道を歩んできた方だ。今回は、井上さんの7冊の著書を通して夜長堂の“YEARS”を振り返る。

夜長堂ができるまで

ーーー夜長堂はどこか妖しげで独特な世界観がありますが、小さい頃からそういったものが好きだったのですか?
井上:小さい頃は特別興味はなく、学生時代はグラフィックデザインを専攻していたんですが、レトロなデザインというよりも現代的なグラフィックを学んでいました。大学時代、古着屋でアルバイトをする機会があって、それがきっかけで古いものに興味を持つようになりましたね。

ーーーそうだったんですね。それからはどのようなことが?
井上:そのあとも、すぐには古いものと関わる仕事はしておらず……。絵本作家を目指している時期もありました。そこからバルーンアーティストになろうと思って、スクールに通ったこともあったんですよ!

ーーーバルーンアーティスト!! それまた、なぜですか?
井上:絵本のなかの世界に憧れていて、少しでも近づきたかったんです。でも思ったよりも数学の世界で断念しました。パーティーの装飾やオブジェの制作などするにも使用する風船の数やサイズなどを細かく計算しなければならず……。それに温度や湿度の管理も重要で。向いていないなと思いました。そのあとはイラストレーターの会社に入りました。

ーーーその会社ではご自身でイラストを描かれていたんですか?
井上:そこは古い社風の会社で、個性を出すことを良しとしなかったんです。なので、自分のイラストはもちろんですが、私服に関しても古着などの個性的なものを着ることは許されなかった。社風と合わないと思って、3ヶ月で辞めました。その後は、凸版印刷の営業事務を3年、そのあとは写真家のアシスタントをしたり、スナックで働いたりと、継ぎ接ぎしながらやっていました。OLを辞めた時から、自身としてイラストの個展を開いたり、骨董市でお手伝いするようになりました。

ーーーさまざまなことを経験されてきたんですね。骨董市などの世界に触れたのは何歳ごろなのですか?
井上:23、4歳の時です。骨董市で働き始めたのですが、自分では売り買いすることはやめておこうと思っていたんです。自分の職業についてはいつも悩んでいて、社会でこれから更に必要とされる福祉関係の職についた方がいいんじゃないかとか考えたことは何度もありましたよ。でも、骨董市の仕事の休憩中に羽裏や、着物の端切れなどを探しに行くうちに、その柄を紙に落とし込んでみたいとな、と。昔のデザインって、子供用でも媚びたデザインでなく、大人も楽しめる図案のものがたくさんあって、それを多くの方にみて欲しかった。そんな思いから、レトロ印刷JAMさんなどに協力していただき、「モダンJAPAN復刻ペーパー」が完成しました。

夜長堂のモダンな本の世界

ーーー初めての著書『夜長堂の乙女モダン図案帖』はどのような経緯があって出版したのですか?
井上:元々本を出版したいとは考えておらず……、そんななかPIE Internationalさんが、夜長堂の活動に興味を持ってくださって、本を出してみないかとお声がかかったんです。

ーーーそうだったんですね。『夜長堂の乙女モダン図案帖』はどのような本ですか?
井上:日本の着物や千代紙の図柄を集めて本にしました。元々、もし本を出版することがあるならば、男性のデザイナーさんにデザインをお願いしたい、と思っていて、この本で念願叶いました。自分の好きなものたちを客観的にすこしクールな目線で紹介する本にしたかったんです。

ーーータイトルの“乙女モダン”からは“可愛い”というイメージが先行しそうですが、“クール”なものを作りたかったんですね。
井上:そうですね。編集の方とお話していた時に「“レトロ”という言葉は使わないようにしよう」となり、レトロではなくてなんだろう……、と考えていた時に、“乙女モダン”という言葉が出てきました。ただ可愛いだけの世界でなく、少し奇妙で怖そうで、それでいて覗いてみたくなるような世界観にしたかった。元々、夜長堂の屋号は、坂口安吾の『夜長姫と耳男』からとっていて、どこか不思議と惹きつけられる魅力を持った店にしたかったんです。なので、“可愛い”で押し出そうという気持ちはなかったですね。

ーーー井上さんが思う、乙女モダンな図案の魅力を教えてください。
井上:この時代に、この色数しか使わずに、このデザインを行なっている、ということに感銘を受けました。それでいて、デザイン自体は特別なものではなくて、日常に溢れていて。当時、こんな素敵な図案があったということに驚き、「新しい!」と思ったんです。

ーーー“新しい”ですか?
井上:はい、そうです。よく“懐かしい”という言葉で表現されることがありますが、私にとっては、“新しい”もので、見るたびに新鮮な気持ちになるんです。この本は日本だけでなく、海外でも発売されて。まさかそんなこと考えてもいなかったので、夢のようで……。海外の人にも、日本の古い図柄の魅力を知ってもらうことができるいい機会になりました。

ーーー2014年には『夜長堂の乙女モダン蒐集帖』を発刊していますよね。これはどのような本ですか?
井上:「ガイドブックに載っていない日本の魅力を紹介する本を作ってほしい」と言われて、私が好きなものを詰め込んだ一冊です。

ーーージャンル問わず日本各地のモダンな事柄を紹介していますよね。ジャンルが様々なのに統一感があってすごいな、と。
井上:特に編集者からはこのようなことをやってほしいという指示はなく、私の好きなものを自由に紹介させてもらいました。なので、本当にジャンルなどバラバラで……。自分では統一感を出そうという気持ちはなく、心惹かれたものを集めたら、今のような形になりました。

ーーー井上さんの心惹かれるものに共通の何かがあるんですね。もちろん本に載っている場所や事はご自身で取材されているんですよね?
井上:もちろん、そうです! 出版など関係なく、趣味でその場所に訪問したり、お話を伺ったりしていました。それが本になった感じ。中にはネットなどに載ってない情報もあるので、現場力が試されるんです。

ーーー井上さんは色々な方とお話するのが好きだったんですか?
井上:実はそうじゃなくて……。小さい頃は人見知りで、毎日家を出る前に、その日起こりうるかもしれない最悪な出来事を全て洗い出してから出かけるような子でした(笑)。大学時代までは人の好き嫌いが激しくて、自分の好きな人としか関わらないようにしていましたね。20〜40歳までスナックで働いたことが大きかったです。そこでコミュニケーション能力は培われましたね。あとは、凸版印刷で働いていた時の社員さんに面白い人が多くて……。それまでサラリーマンにお硬いイメージを持っていたのですが、奇面組みたいな人たちが多くて(笑)。サラリーマンって面白いんだな、と思いました。それから色んな人を知りたいと思って、人が好きになりましたね。

ーーーその後、出版した『夜長堂のいとし紙 ハイカラ』は実際に使えるペーパーが集まっていますよね。
井上:ハサミを使わず切り離せる77枚のペーパーが紹介されたペーパーブックです。同じ柄が3枚づつほどあり、それぞれ厚みや裏紙の色が異なります。眺めるのもいいけど、これは実際に使ってもらいたいと思って作りました。ここに載っているデザインは、着物の図案などではなく、立体のおもちゃなどを図案に落とし込んで作ったんです。私が素材を探して、デザイナーさんとの往復書簡のようなやりとりをを繰り返しできた想い出深い一冊です。

BMCがオススメする建物の世界

ーーー井上さんはビルマニアカフェ(BMC)としても活動されていますよね。BMCとはどんな活動をされているんですか?
井上:1950〜1970年代のビルをこよなく愛するメンバーが集まり、自分たちのお気に入りのビルの見学ツアーなど、ビルを体感できるイベントを企画しています。元々、『月刊ビル』という本を発行していて、それが産経新聞さんの目に止まり、『週刊ビルマニア』という連載を持つように……。最初はメンバー個々で取材をするのは大変だな、と思っていたのですが、後半は貴重な機会だと楽しめるようになりました。

ーーーBMCのメンバーとはどこで知り合ったんですか?
井上:当時、間借りしていたレコード屋さんの紹介で、「大阪名品喫茶 大大阪」という喫茶店で働くことになったんです。この店が入っているビルが、素晴らしい近代建築の建物で。運営は、古い建築をリノベーションするのが得意なアートアンドクラフトという設計事務所が行っていました。そこの社員さんなどがこの喫茶店をよく利用してくれていたんです。そのうち話すようになって、休みの日に一緒にビルを見に行くように……。そして、BMCが発足しました。

ーーーBMCでの初版『いいビルの写真集 WEST』。井上さんが考える“いいビル”を教えてください
井上:1950〜1970年代に建てられたビルというのは前提として、大正時代に建設された近代建築と称されるビルはすでにその価値を見直されていますが、私たちがスポットを当てる時代のビルはただの古いビルとしてどんどん解体されていているんです。この時代は高度経済成長期の真っ只中で、日本の成長と共に歩んできた自社ビルにはたくさんの物語が詰まっていて……。私たちは、解体を阻止したいという活動ではなく、そこにある関わった人々の想いや建築物の歴史を記録としてせめて残したいと思います。私たちがビルを見ることで、オーナーも知り得なかったビルの魅力を発見することもあって、また新たな一面を見いだすことも。

ーーー2014年には『いい階段の写真集』を出版されていますね。本の冒頭に「階段の設計とは、人の動きをデザインすること」とありましたが、人が使うことありきの建築作品なのだなと、納得してしまいました。
井上:全てが人ありきではないとは思うんですけど、階段には一種の演出効果があるのではと思っています。会社を訪れたゲストを、優雅な動きで階段を降りてきて迎えいれる、人の所作を美しく見せる演出の効果も感じられます。

ーーーその後『喫茶とインテリア WEST』を発刊。近年、レトロな喫茶店が注目されていますが、またそれとは違う着眼点で切り取った本ですよね。
井上:そうですね。instagramなどで紹介される喫茶店は個人の目線の投稿だと思います。私たちは、あくまで第三者目線。自分目線にはならないように気をつけました。もちろんこの本を出す上で、人一倍熱い情熱は持っていますよ。でもそれが表面に出ないように平熱を保つように意識しています。というのも、喫茶店には、何十年も通っている常連さんがいる。取材をする上で、誰も知らないことを聞き出したいけど、自分が一番知っている気になってはいけない、と思いました。淡々と静々と表現できたらいいな、と。それに熱い文章って、読んでいて引いてしまう時ってあるでしょう? それで伝わりにくくなったら元も子もないので、謙虚な立場で書きたいと思っています。

ーーー最新刊の『特薦いいビル 国立京都国際会館』は、今年の紙博&布博の会場にもなった建物ですよね。なぜこの建物を?
井上:まず、建物1つで1冊の本が作れる建築物ってそうそうないじゃないですか。それができてしまうのが、国立京都国際会館なんです。この建物は、20世紀の日本を代表する建築家で都市計画家の大谷幸夫さんの設計によって、1966年に開館しました。インテリアに配置された家具や美術品までこだわり抜き、見応えたっぷりの名建築です。わたしも含めBMCメンバーが全員この本には、特別な思い入れがあり、BMCの結成10周年の記念ということあり、思い切って企画した本です。編集者としていつもお世話になっている大福書林さんと写真家の西岡潔さんと一緒に作り上げた想い出深い一冊になりました。

ーーー今後は夜長堂として、BCMとして注目したいものはありますか?
井上『夜長堂の乙女モダン蒐集帖』のようにとにかく自分がわくわくできるものをこれからも探し続けたいと思います。そして、夜長堂の活動や表現方法はあまりカタチに囚われず、これからも自由にいろいろ挑戦していきたいです。BCMとしては、普段は入れないビルの見学会などを時々やっているんですけど、そういう機会を増やして、より多くの方に自分たちの生活のまわりに存在する“いいビル”を紹介していきたいですね。

《インタビューを終えて》
井上さんは、その明るさの裏に、どこか妖しげで踏み入ってはいけないような、でももっと話を聞いてみたいと思わせてくれる色気に溢れた方。まさに少し奇妙で、それでいて覗いてみたくなる“夜長堂”の世界観を体現したかのような方だ。そんな井上さんが心を奪われたものの数々を、ぜひ手に取ってみてほしい。愛らしいと思うのか、恐ろしいと思うのか、はたまた面白いと思うのか。そこから流れ込む声に耳を澄ませ、あなただけの感情を見つけてください。

(手紙社 鈴木麻葉)