出店者紹介,ジャンル:BREAD

きりん屋

【きりん屋プロフィール】
美味しいのは言うまでもない、口にした瞬間に力がみなぎってくる。そんなたくましいパンを作っているのが、三重県松阪市にあるパン屋・きりん屋の赤畠由梨枝さん。一つひとつの素材の声を聞きながら、じっくりと向き合って育てた天然酵母を使ってパン作りを行なっている。彼女の華奢な姿からは想像できないほどパワーに満ち溢れたパンには熱心なファンも多く、週に1回のお店の営業日には多くの人々で賑わう。飾らない、気取らない、だからこそ自然本来の味を感じられる。きりん屋のパンを味わったが最後、もう他のパンでは満足できなくなってしまうかもしれない。

【きりん屋の年表・YEARS】

【きりん屋インタビュー】
もみじ市の日は、毎年早朝からファンが並ぶ超人気ぱん屋・きりん屋。今年の夏より週1回の営業を再開し始めたお店にお邪魔し、店主の赤畠由梨枝さんに担当の藤枝がお話を伺いました。

神秘的な火に魅せられて

ーーーお茶屋さんに生まれたという由梨枝さん。そもそもぱんを作ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
由梨枝:18、19歳ぐらいのときにつくることに目覚め、服飾学校に通っていました。最初からお店をやろうと思っていたわけではないんだけど、人と一緒に働くのが苦手で。「ぱん屋じゃなくても、何か自分でお店をやらなきゃ」と考えるようになった時に、旅先の長野の山奥で石窯に出会い、その神秘的な炎に心を奪われたんです。

ーーーそのお店はぱん屋さんだったんですか?
由梨枝:ぱん屋ではなく、自給自足っぽい雰囲気でなんだかよく分かんない場所でした(笑)。木の上に無造作に置かれた、ゴツゴツの石みたいな酵母ぱんから強さと生命力が溢れ出ていて感動したんです。もともとぱんを食べることが好きだったから、その風景と出会って「ぱんを焼いてみよう!」と思い立って。自分で食べるぱんは何でも好きだけれど、作るという面では最初から酵母ぱんに惹かれました。石窯の原始的なところにも通ずるものがあるんですけど、原始的なぱんを焼きたかったんです。

ーーーどうやってぱん作りを習得したんですか?
由梨枝:みんなでワイワイやるのが苦手で、ぱん教室とかにはほとんど通わなかったです。色々な本を読んで試行錯誤しながら、自分に一番合っている方法を試していました。このときは季節の果物の酵母を使っていたんだけど、酵母もイチから学び始めたので最初は全然うまくいかなかったです。

自家製の酵母

天然酵母ぱん屋の始まり

ーーー由梨枝さんのぱんは、研究を重ねた結果できあがったんですね。
由梨枝:ぱんを焼き始めた最初の頃は、実家のお茶屋さんに置いたり、近所にあるマクロビオティックのお店や自然食品のお店に置かせてもらって販売していました。「お店を開いてみたら」と声をかけてくれる人や、お店作りを一緒にやってくれる人との出会いを通して、山奥で「にこにこぱん」という小さな天然酵母のぱん屋を始めました。

ーーー急にお店を始めるのは不安ではなかったですか?
由梨枝:当時は松阪駅の本屋さんでバイトしながら、気軽な気持ちで始めました。ちっちゃい頃から親が商売している背中を見てきたのもあって、あまり不安は感じなかったのかも。段々と置かせてもらうお店が増えてきて、「ちゃんとやらなきゃな」って思うようになって(笑)。「にこにこぱん」では石窯でぱんを焼いていて、石窯ならではの力強さが感じられるんだけど、数が多く焼けないから体力的にしんどさも感じるようになってきたんです。

ぱん屋、山を下りる

ーーーそれから今の「きりん屋」になるまでは、どういった流れだったのでしょうか?
由梨枝:20代後半の頃、仕込みのため夜中にお店に向かう途中にシカとぶつかったんです。シカは元気に逃げていったのですが、車が壊れてしまって……。真っ暗な中、けもの達の鳴き声を聞いていて「山を下りよう」と決心しました。

ーーーそれは衝撃的な出来事ですね!
由梨枝:祖父が建てた、もう使われていない古い茶工場が残っていて、そこを見た時に「ここだ!」と確信しました。大工さんの力を借りて自分で改装し、きりん屋がオープンしました。前のお店は“和”な雰囲気だったけれど、古道具屋さんとかで買ったものや、自分が好きで集めていたものを持ってきて、今のような内装になりました。

出産・休業を経て……

ーーーその頃から変わらず作り続けているぱんはありますか?
由梨枝:森の田舎ぱんや魔女のぱん、クリームチーズのぱん、イチジクのぱんといった定番商品は変わらず作っています。季節の節目などのタイミングでずっと改良はし続けていますけど。冬はずっしりとした重たいぱんの方がいいかなと思って、粉を変えたり。

森の田舎ぱん

ーーー反対に、新しく作ってみたいぱんはあります?
由梨枝:ハードなクリームぱん。合わなそうだけど(笑)。食べるぱんはなんでも好きなんだけど、自分が作るならハードの方が性格的にあっている。作るのに力が必要だし、スカッとするというか気持ちがいいんです。ハード系のぱんは小麦、塩、酵母がベースになっていて、材料もシンプルだし。あとは、山から引いている湧き水を使っています。一度その水が止まってしまったことがあったんですけど、その場の雰囲気がガラリと変わりました。その時はちょうど出産のタイミングで休業中だったんだけど、お店も全体的に生命力がなくなってしまって。

ーーー水がとまると、空気も淀んでしまいそうですもんね。それ以外にぱんを作っていて困ったこととか、大変だったことはありますか?
由梨枝:酵母が言うことを聞いてくれないときは辛いですね。温度管理が大事なんだけどしっかりとチェックしていても、自然のものだからどうにもならないときもある。そういう酵母を使うと雑味が出てしまって、自分が思うようにぱんを作れないんです。

ーーーやはり、酵母が要なんですね。由梨枝さんがぱんを作る上で、大事にしていることはありますか?
由梨枝:技術も大事だけれど、ぱんに限らず自分の好きなものをどんどん吸収するようにしています。それがぱんを通してお客さんにも伝わったらいいなって。自分がいい状態じゃないと、絶対にいいものはできないから。あとは、出産を機に少し変わったところもあります。時間も限られてくるしすべて一人でできるわけではなくなったから、無理せず楽しくやれるようにと視野が広がりました。りんごが好きだったからりんごの酵母オンリーだった時期もあるけれど、最近は色々な酵母を使ってぱんを作っています。出産後は、2年ぐらいお店を休んでいたから「お客さんに忘れられてるかな」と思ったけど、以前と変わらずたくさんのお客さんが来てくれて。それがすごいありがたかった!

ーーー休業している間も、多くの方が待ってくれていたんですね! 今年のもみじ市でも、そんな風に楽しみにしてくれているお客さんがたくさんいるはず。私も、河川敷にきりん屋のぱんが並ぶ風景を想像すると、ワクワクしてきました!

《インタビューを終えて》
由梨枝さんにとっての転機、つまり、きりん屋の原点は、旅先での運命的な出会いでした。石窯の中で燃え盛る炎に惹かれ、ぱん作りの道に進むことになった由梨枝さん。その後も、周りの人々の助言や日々の出来事などに影響を受けながら、着実に歩みを進めてきました。その自然体な生き方が表現されているからこそ、彼女のつくるぱんは力強さを感じさせるのかもしれません。お店を再開し始めたきりん屋がさらなる進化を遂げ、食べる人を虜にするぱんを作り出していくことを、これからも楽しみにしています。

(手紙社 藤枝 梢)