出店者紹介,ジャンル:ENTERTAINMENTetc.

マエガミマールコ

【マエガミマールコプロフィール】
代官山のアパートメントの一室にサロンを構える美容室「マールコ」。鮮やかに息づくたくさんの植物とクールなヴィジュアルブック、質のよいアンティークな調度を背に、店主の大門しょうたさんは「いつ訪れても印象の変わらない、ほっとする場所でありたい」と話す。そう、ここは髪だけでなく、心のありかまで自分らしい位置に導き整えてくれるアトリエ、なのだ。もみじ市では、“前髪をつくる”専門店をオープン。梳かれた前髪で開けた視界からのぞく世界は、日常でありながらいつもよりすこし美しく、そっと輝いて見えるはず。
http://marco-salon.ciao.jp

【マエガミマールコの年表・YEARS】

【マエガミマールコインタビュー】
想い馳せれば、目の前にある日常とは、見切れるほどずっと先まで脈々と続くタイトロープの上に在る奇蹟であり、連続性のある驚異の集積にしか過ぎないのだろう。彼の行く先に姿を現してきた4つもの大きな分水嶺は、その都度それぞれが大きな爪痕を文字通り彼の内外にくっきりと残しながらも、あくまでも通りすがりのサヴァイヴの一つずつで在らんとする。もちろん、対峙したときの自身に訪れた蒼惶たるや言語に絶するが、そうは思わせぬ凛乎(りんこ)たる眼差しは、彼がその手で掴んできたリアリズムの美学を宿した気高くも柔らかな光を今日もまた、悠然と放っている。

大人として成熟していかなきゃいけないタイミングなんですけれど、責任感やそれに見合う技術がともなわないというか。そんな完全に心と身体のバランスを崩した時期があって

「ぼく、めっちゃ転機あるんですけれど大丈夫ですか?(笑)」そう口火を切ってくれた彼から飛び出してきたのは、はたして冒頭から眩暈を覚えるほど波乱に満ちた起承転結のスクリプト、だった。

「大阪の専門学校を出て、心斎橋の美容室で3年弱くらい働かせてもらって。で、もっといろいろな経験をしたいって想いが強くなって、思い切って上京して。これが自分にとって一つ目の転機。それから原宿のサロンに所属して、6年半ぐらい勤めるんですけれど、そこで大きな壁にぶち当たってしまって。入ったときには10人ちょっとくらいしか所属していない小さなところだったのが、そのころには90人くらいの規模になっていて。組織が大きくなっていく過程と自分の成長が、まったく追いつかなくなっちゃったんです。決まりごとも増えてきたりして、大人として成熟していかなきゃいけないタイミングなんですけれど、責任感やそれに見合う技術がともなわないというか。そこで完全に心と身体のバランスを崩して。これが二つ目かな。今でこそこんなふうに人に話せるようになったけれど、いうたら抜け殻、でしたよね(笑)」

当たり前にしてきたことが当たり前にできない、自分への不甲斐なさへの憤りがありましたね

ここまでを第一期と定義するならば、こののちに彼を襲うさらに二つの転機は、第二期などと早計に口にするのもはばかれる、いわば天変地異に等しいレヴェレーション(啓示)である。

「結局、そのサロンを離れてフリーランスになるんですけれど、3年くらい経ったころ自宅のアパートが火事になって(笑)。向かいの部屋からのもらい火で、自分の部屋も全焼しちゃって。面貸し(予約が入ったときだけ鏡を借りてカットを手掛けるスタイル)でお世話になっているサロンに仕事道具一式は置かせてもらっていたから、どうにか仕事はできたものの、ほんとうに身一つというか。人って今までのものがすべて燃えて失くなると、モノへの執着がなくなるもので。買おうか迷っても『ほんまに要る?どうせ燃えるしなあ』って(笑)。必要なものだけあればいいな、と。で、今度は自分の店を持ってから4年、すこし慣れてきて気も弛んでたんでしょうね、その年の仕事を納めて友人のお店で打ち上げて、帰り道の電信柱に自転車で正面から突っ込んで(笑)。顔を27針縫って歯を4本折って、そのうち2本は壊死して、商売道具の手を折って。2ヶ月休業する羽目になったんですけれど、とにかくお客さんに申し訳ない、仕事ができない、っていうのがいちばん堪えましたよね。当たり前のようにしてきたことが当たり前にできない、自分の不甲斐なさへの憤りというか」

一人でやっているとチャンスはいつも一回きりだから。ということは、アプローチにムラがないように、いつだって整っていないといけないわけで

そんな数奇な運命をたどりながらも彼が獲得したのは、だからこそ気づくことができた自分自身の整え方でありバランスである、という事実は、「マールコ」という彼自身のブランドの根底に深く根ざすフィロソフィーにとって、あまりにも大きい。

「でも、火災も事故もものすごく大きな転機だったはずなんですけれど、不思議と必要以上に引きずりはしなかったんですよね。振り返ってみれば、上京したりサロンを離れたときはやっぱり考え方が稚拙だったし、調子に乗っていたんだと思うし。スタッフがいればフォローしてもらえたりもするし、お店のブランドがカバーしてくれるんだろうけれど、一人でやっているとチャンスはいつも一回きりだから。ということは、アプローチにムラがないように、いつだって整っていないといけないわけで。とどのつまりは、待ちの仕事じゃないですか? お客さんに選んでもらえないとなにもはじまらないわけで。それには自分の持っているものをすべて武器にするしかないし。やればやるほど、それに尽きるなと」

<いつ訪れても印象の変わらない、ほっとする場所>であり続けるために――「マールコ」の日常は、片時も寸断されず研鑽され続ける彼の奇蹟のごとき意識の軌跡に、静謐にそして確かに支えられている。そう、今日もこれからも。

《インタビューを終えて》

「プライベートでは近い距離の人が年下の場合が多くて。選んでいるわけじゃないんだけれど、なんとなくフィーリングが合うというか」と取材後に何気なく話してくれた彼だが、まさしくさもありなん。仕事だけにとどまらぬ、すべての日常において<いつ訪れても印象の変わらない、ほっとする場所>を体現する、そんなあたたかな日差しのような生き様に、世代を超えて惹かれるのは想像に難くない。そしてもちろん、筆者もその一人であり。

(手紙社 藤井道郎)