【点と線模様製作所プロフィール】
北海道で目にする身近な自然の風景を題材に、テキスタイルを制作。デザイナー・岡理恵子さんが、「暮らしの中に馴染む布を作りたい」という思いから始めたブランドだ。岡さんの手で描かれる模様は、軽やかに、しなやかに、布の上を踊る。そして、私たちの毎日にそっと溶け込み、何気ない時間に彩りを添えてくれる。もみじ市で点と線模様製作所を担当する私、南がずっと気になっているアイテムは、ターバンのキット。美しい模様が描かれたターバンを身に付ければ、いつもよりも晴れやかで、落ち着いた気持ちで過ごせるだろうなぁ、などと思いを馳せている。
http://www.tentosen.info
【点と線模様製作所・岡理恵子の年表・YEARS】
【点と線模様製作所・岡理恵子さんインタビュー】
点と線模様製作所が描くのは、北海道の暮らしの中で気付かないうちに目に入る、何気ない風景。澄み渡る山の空気や、風に揺れる草花、冷たくも優しく降り注ぐ雨や雪。その模様を見たとき、北海道で生まれ育った私の心に訪れたのは、“可愛い”や“綺麗”ではなく、“安心感”でした。誰かの心に寄り添う模様作り。点と線模様製作所のデザイナーである岡理恵子さんに、その原点から伺いました。
生地を選ぶ楽しさを知った少女時代
ーーーおばあさまが手芸をされていたということで、やはりものづくりは幼い頃から身近な存在だったんですね。
岡:今振り返ってみると、おばあちゃんとのやり取りが今の仕事の原点なのかなと思います。おばあちゃんが何でも作れる器用な人で、小さい頃は既製品のお洋服ではなく、生地屋さんで「可愛いなぁ」と思った生地をワンピースにしてもらったりしてました。そのときの体験が今に繋がっているところもあるのかなと思いますね。
ーーー大学で模様作りを始められる前から、生地にまつわる原体験があったんですね。小さい頃お洋服を作ってもらうという体験は、とても素敵だなと思いました。
岡:手芸が好きな方が、手芸屋さんに行くと何時間も見てしまうというのも、凄く分かるんです。たくさんある中からお気に入りを選ぶ楽しさは、そのときに知ったのかなぁ。たくさんの生地の中に自分のオリジナルの生地が並んでいたらどんなに素敵だろうと思ったことが、生地作りを始めたきっかけだなと思います。体験してなかったら、たぶん(生地作りを)やってなかったので。
大学へ進学。「何かに熱中したい」とはじめた模様作り
ーーーそんな幼い頃の体験を経て、デザイン系の大学に入学されるんですね。
岡:大学ではグラフィックでもなく、製品でもなく、空間を専攻していました。本や映画を見て、その空間を想像したりするのが好きだったので。でも、大学には漠然と入ってしまったので、3年の中頃で凄く悩んでしまって。「もっと何かに熱くなりたい、勉強したい」という思いを抱えていました。
ーーー最初から模様作りをされていたわけではなかったんですね。他の選択肢はあったんですか?
岡:選択する以前に、“何があるんだろう”というところが分からなかったですね。でも半年も休むと、「何かしたい」って熱が高まってきて。誰かの目を気にしないで、やりたいことを追求しなきゃダメだなと。熱が高まってきたからこそ、本当にやりたいことを見つけられたのかもしれません。
お部屋の模様替えが好きだったので、最初はカーテンを作りたいと思い先生に相談したんですが、「カーテンはすぐ替えられてしまうから、作るなら壁紙の方がいいんじゃないか。一度貼ったらしばらくは替えられないから、長時間見ていても飽きない、模様の意味をきちんと勉強できるんじゃないか」と勧めてくれて。「あっ、意味がある」って自分の中で凄く腑に落ちたんです。そこでスイッチが入りました。
ーーーその後、大学院に進学されるんですね。
岡:それまでは、モノの見方や、描き方、制作の進め方といった、思考の仕方を学びました。大学院では、工学系だったので、“模様の存在意義”を問われるようになって。その答えを模索する2年間でした。お宅訪問して、壁の前に置かれているものの比率を出したり、千利休の茶室の壁はまっさらじゃなくて草が混ざっていて、それが大事なんだという文章を模様に繋げたり(笑)。「人は真っ白じゃ生きられないんだ」ということの、理由付けをしていった感じですね。視覚心理学は凄く参考になりました。左に上がる模様は、何となく違和感があるから注意して見てしまうとか。
ーーーとてもロジカルな作り方をされているんですね。感覚で「綺麗だから」ではなく。
岡:やっぱりデザインの学校に行っていたので、意味をすごく考えてしまいますね。最近はお客さんの使い方に合わせて模様のサイズを考えるようになりました。今まで感覚で作ったことがないので、作れないとまでは言わないですけど、仕事でやっているうちは今の方法でやることで、私らしさになるのかなと思っています。
「点と線模様製作所」としての活動をスタート。しかし生地づくりへの道は遠く……。
ーーー屋号を持って活動を始められたのが、2008年。その年に初めてもみじ市にも出店されていますね。
岡:最初に自分で制作できた布の最大サイズが風呂敷だったのですが、作ってみて思ったことは、「私が作りたいのは風呂敷じゃない」ということ(笑)。わたしは“素材”が作りたいんだと、そのときはっきり分かりました。もみじ市では原画やポストカード、風呂敷を販売しましたが、あっという間にものがなくなってしまって。こんなにお客さんがきてくれるなら、「自分の見て欲しいものを持っていかなきゃ。ちゃんとそれで勝負しないと」と思いました。絶対次のもみじ市には生地を持って行くぞと準備を進めました。
ーーーやはり幼い頃の原体験が、「生地を作りたい」という想いに繋がったんですね。最初は工場とのやり取りに苦労されたと伺っていますが……。
岡:今もそうですが、一から生地を作ってもらうのは大変なことです。昔は今ほど個人の作家さんもいなかったので、突然個人の作家から門を叩かれ、怪しまれていたと思います(笑)。ましてや、お洋服にするわけでもなく、生地の計り売りをする人なんてもっといなかったので。
ーーー点と線さんといえば、刺繍生地のイメージが強いですが、最初はプリントだったんですね! 刺繍を始めたきっかけは何だったんですか?
岡:子どもの頃からある、「こういう生地好き〜!」という気持ちですね。そこに理由は無く、私自身、刺繍生地が大好きでしょうがなかったんです。
ーーー刺繍生地を作られていることに、明確な理由はなかったんですね! ですが、どうしようもなく可愛いという気持ち、分かります。最後に、今年の新作「rose」について聞かせてください。これまでの作品と比べ、大人っぽい雰囲気ですよね。
岡:お客さまにも言われます。今回、アジサイに変わる定番の花柄を作りたいと思っていました。何のお花にしようかなと考えていたとき、お店からの帰りに通るバラ園がすごく綺麗で。「花柄の定番を作るなら、やっぱりバラでしょ」と選びました。点と線も10年目に入るので、もう挑戦してもいいかなって(笑)。でもバラって甘くて豪華なモチーフなので、うちらしい、さっぱりしていて、甘すぎないようにするにはどうしたらいいかなと。試行錯誤していった先にたどり着いたのがクロスステッチで、ちょっとカントリー風に仕上げることで大人っぽくできました。でも、発表するまで毎回受け入れてもらえるか、自信ないですね。
ーーー10年続けられていても、「今回は来たぞ!」みたいな感覚は無いんですね……。10年の間に、お店をオープンさせたり、オンラインショップを始めたりされていますが、大きな転機はどこが当たりますか?
岡:やっぱり点と線を始めたときかな。始めてから、あまり変わったことはなかったと思います。点と線で基本的にやることは、模様を作って、生地にすること。模様の種類が増えることが大事だと思っています。種類が増えると、お客さまの選択肢が増えるので。
ーーーやはり生地を使う人のことを考えられているからこそ、点と線さんの生地は、生活に馴染みやすく安心感を覚えるのだなと思います。点と線さんの模様が河川敷を彩る風景、今からとても楽しみです!
《インタビューを終えて》
自身の幼い頃の体験から、あくまで“素材を作ること”に一途に取り組んで来た岡さん。やりたいことが分からず悩み抜いた時間があったからこそ、彼女の模様は多くの人の心に響き、こんなにも愛されているのです。少しずつ、着実に歩みを続けるその姿は、北海道の大らかな空気を体現しているかのよう。都会の喧騒に息切れしたときは、彼女の描く模様にそっと心を委ねてみたいと思いました。
(手紙社 南 怜花)