もみじ市 in 神代団地,出店者紹介,ジャンル:CRAFT

緒方伶香

【緒方伶香プロフィール】
Wool,Textile and Drawing Work
美大で染織を学んだのち、テキスタイルデザイナーを経て、現在は羊毛を使ったワークショップを中心に、書籍も出版。イラストやテキスタイルデザインも手がけ、幅広く活動している。もみじ市や布博で人気の、羊毛で動物(絶滅危惧種)を作るニードルフェルトのワークショップでは、もこもこの羊毛をちくちくと刺していくうちに、むくむくと愛情が沸いてきて、完成した頃にはすっかり羊毛の虜になってしまう。今回は、いつもの動物作りに加え、新刊『きほんの糸紡ぎ』(誠文堂新光社)の発売にに合わせ、コマのような小さな紡ぎ車、スピンドルを使った糸紡ぎも体験できるそう。ますます高まるWOOLの可能性から、目が離せません。
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Instagram:@reko_1969


【緒方伶香の年表・YEARS】

【緒方伶香さんインタビュー】
遡ること20年。それまで異なる分野で活躍していた緒方さんは、とある本屋で見つけた羊毛に心奪われます。今年は念願の“糸紡ぎ”をテーマにした著書を出版し、ますます盛り上がるWOOL熱。そんな羊毛との出会いをはじめ、もみじ市への出店、さらには海外での武勇伝(?)までも、ぎゅぎゅっと詰まった緒方さんの“YERAS”を紐解きます。

羊毛との出会い

ーーー大学は染色科に通われていますが、どのような勉強を?
緒方:近年の染織科ではフェルトや紡ぎを教えているところもありますが、私の時代は、染めか織りかプリントしかありませんでした。私はその中で一番近代的なプリントを専攻しました。そのときの教授が写真家だったので、カメラもやりました。アナログで現像したりして。最終的には卒業制作も写真だったんです。

ーーー写真とは、また意外でした。そもそも美大に進学された理由は何だったのでしょうか。
緒方:小さい頃、周りに編み物好きの大人が多く、とにかく生地とか糸とか、何か作ることが身近だったんです。美大には物心ついた時から行きたいと思っていて、迷わず染織科に行きました。卒業後は、専攻のプリントつながりで、凸版印刷のアイデアセンターに入りました。そこでの仕事はアートディレクションだったので、実際に手を動かすことはありませんでした。アートカレンダーの部署に配属されたんですが、具体的には、アーティストへの依頼からデザイン、紙の種類までをトータルに企画し、企業にプレゼンするという仕事でした。

ーーー現在の活動内容とは、大分異なりますね。
緒方:はい。紙という媒体で表現することも、印刷という技術を使った大量生産ということも、今やってることとは随分違います。凸版時代には、美術館のレセプションに行ってアートに触れたり、デザイナーとの関わりを通して、多くのことを勉強させてもらいました。特にアート系の部署だったのも良かったです。でも、さまざまな作品を見るうちに、どうしても自分で手を動かしたくなって、転職したんです。そこで、染織科で学んだテキスタイルデザインに携わる仕事に就きました。結局、結婚して吉祥寺に住んでからなんです、紡ぎを始めたのは。一般の人にとっては、羊毛に触れる機会が今よりも断然少なかったということもあり、私も羊毛に出会うまで、回り道をしました。

ーーー吉祥寺では、どのようにして紡ぎとの出会いを?
緒方:一番最初の出会いは、今はなき名店「おばあちゃんの玉手箱」という本屋でした。そこで羊毛(の本)に出会って、ビビッと稲妻が走ったんですよ。その後、今もスタッフをしている「紡ぎ車と世界の原毛アナンダ」っていうお店が吉祥寺にできるっていうので、行ったら、働くことになったんです。「アナンダ」は元々山梨にしかなかったんですけど、通信販売を利用していたら開店の情報をいち早く教えてくれて。そこから紡ぎが始まりました。

ーーー紡ぎに興味を持ったのは、やっぱり編み物が身近だったからでしょうか?
緒方:そうですね。私自身は複雑な編み図とにらめっこしたり、毎日編み続けるとか、そういうことは苦手なんですけど、母、叔母さん、祖母が、3人こぞって色々作ってくれたんです。機械編みのワンピースとか、カーディガンとか。編み物だけではなくて着物も作ってくれました。それがまだきれいな状態で残っているんですよ。母は、家事の合間に洋裁もしていました。父親のシャツをリメイクして、プールサイドで羽織る刺繡入りのボレロにリメイクしてくれたり、ピアノの発表会の衣装を作ってくれたり……。田舎でしたし、今みたいにAmazonも無かったので、みんな手を動かす時代だったんだと思います。

幼い頃作ってもらったという洋服
愛らしい花の刺繍も添えられています

ーーー分かります、小さい頃に作ってもらったものってずっと残しておきたくなりますよね。
緒方:これを見る度、その当時の母親の姿を想像して、励まされます。自信になるというか、自分の支えになっているお守りのような気がして、きっと一生手放せないです。多分そういう経験をして、手作りの良さを肌で感じられたおかげもあり、自然にものを作るようになったのかもしれないです。何せ好奇心が旺盛なんですよ。「これはどうなっているんだ?」と興味を持ったら、後先考えずに飛び込む習性があるんです。

ーーーそうなんですね! ちなみに1993年3月の「スペインでチカン逮捕」というのは……?
緒方:バブル全盛期、日本人女性も自由を謳歌し、こぞって海外旅行に出かけた時代です。それで結構現地で絡まれたり、事件に巻き込まれたりっていうことが多かったので、私としても、旅の道中は気を付けていたつもりでした。それでも一度絡まれたことがあったんです。スペインのとある駅でしたが、ちょうど警官がいたので、めちゃくちゃなスペイン語と英語、四コマ漫画で説明して、捕まえてもらいました。これも、当時興味のあったヨーロッパ美術館巡りの最中に起きた出来事でした(笑)。

ーーー糸を紡ぐ様子からは想像出来ない武勇伝でした(笑)。

転機となった書籍の出版

ーーー紡ぎのお仕事を本格的に始めたのはいつからですか?
緒方:2人目目出産のタイミングでアナンダはお休みして、そのままやめるつもりだったんです。でもその後吉祥寺にOPENした「ギャラリーフェヴ」を手伝わせていただくことになって、そこで作家さんから主婦の友社で編集者をしていた東明さんをご紹介いただいたんです。東明さんは、いろんな形に変化する羊毛に興味を持ってくださって、そこに今までにない面白さがあるということで、本の制作を提案してくれました。それがそれが初めての著書『羊毛のしごと』(主婦の友社)です。

現在は改訂版『羊毛のしごと+』として出版されています

ーーーご縁がつながったんですね。
緒方:本当にそうなんですよ。いろいろな話が巡り巡ってつながっていきました。その後、またアナンダに出戻ったんですけど、『ミセス』で連載中だった桐島かれんさんの頁に関わらせていただいたり、NHKの『おしゃれ工房』という番組に出演したりしたことで、無印良品からキャンペーン広告に起用されました。その後「ほぼ日」でも「つむぐ人。」として紹介されたんですが、この頃は本当に忙しかったです(笑)。

ーーー怒涛の日々を送られていたのですね。(『羊毛のしごと』を読みながら)羊毛ってこんなに種類があるんですね!
緒方:数えきれないほどあるんです。この羊は、ケリーヒルって言うんですけど、まだ会ったことがないんですよ(スマートフォンのアルバムを見ながら)。

ーーー顔がパンダみたいで可愛い……! 触れてみたくなります……。

まったりとした表情のケリー・ヒル

緒方:はい。羊って、地名がそのまま名前になっていることが多いんですけど、この子もそうですね。この本を作った時は、ニュージーランドまで取材に行きました。子ども達はまだ小さかったんですけど、春休み中だったこともあり同行したので、一緒に写ったりしています。(編集担当の)東明さん、本作りへの姿勢が誠実でまっすぐな方なんです。『手のひらの動物・羊毛でつくる絶滅危惧種』では、1体に1日かけて撮ったんですよ。なので撮影だけで3ヶ月かかりました。でも、とことん向き合って作った本は、その分愛着があります。この本を出版した時は、本とコーヒー tegamishaでトークイベントもやっていただきましたね。

ーーー年表の王冠マークは、ビビッと来た出来事ですか?
緒方:そうです。私にとって、太宰治、羊毛、エレファントカシマシ(以下エレカシ)、これが3大稲妻ですね(笑)。とにかく稲妻が走るときは、まず、「なんじゃこりゃーっ!?」っていうのが来るんです。次に、「知りたい!」という気持ちが溢れて、没頭せざるを得ない状況になります。太宰治は学生時代にハマったんですけど、今思えば、当時はかなりおかしかったです。『女生徒』が好きすぎて、友人とも会わず、線を引きながら読んでたんです。でも、そんな時代も、なんだかんだ全部今につながってるなぁって思うんです。最近はロックの時代が来ていて、特にエレカシの歌から元気をもらっています。ギターを弾いたり、色々なインスピレーションをいただいて、昨年は「ギターライオン」を作ったりしました。それで、ワークショップにロック好きの方が集まってくださって会話も弾みました。

昨年のもみじ市で作られた「ギターライオン」

ーーーエレカシを聴きながら編み物会なんて出来たら楽しそうですね(笑)。
緒方:そうですね。 ギターライオンのときは、星野源や斉藤和義、THE BAWDIESファンとか……。
想像以上にロック好きの方が多くて。新しい客層の方が参加してくださって、すごく楽しかったです。

ーーーオープンにしてみるものですね。

緒方:本当に。少々躊躇いもあったんですが思い切って曝け出してみて良かったです(笑)。

今後は“紡ぎ”をより大切にしていきたい

ーーーもみじ市には2007年からずっと出店してくださっていますよね。
緒方:最初にお声がけいただいたときは、何をやろうか悩んだんです。羊毛って糸にもなるし、立体にもなるし、水で濡らすと平面のものにもなるので。でも、野外で一番簡単にできるのはニードルパンチだなと思って始めました。紡ぎって暮らしに根ざした身近なもので、「手芸」という言葉で括るのは少し違います。なのでそれまでは、暮らしに役立つ糸を紡いで編んだり織ったりすることがいいと思ってやってたんですけど、意外とニードルパンチの方が、作りたい人の満足感や達成感をことに気付いたんです。さくさく刺すことで癒されたりする方もいて、それも暮らしに役立つことなのかなぁって思うようになって……それから20年、ずっと続けています。

ーーー今年もあと4ヶ月ほどですが、振り返ってみてどうでしたか?
緒方:今年は『きほんの糸紡ぎ』の出版で忙しくて布博にもあまり出られなかったので、もみじ市に集中したいなと思ってます。やっぱり本を出すのって一人じゃできない。多くの人の協力があってこそ。今回の本も、編集者の若松さん、野々瀬さん、そして憧れのデザイナー・若山さんや写真家の公文さん、という素晴らしい方々に恵まれ、やっと形になりました。本作りはいつも全力で、一冊仕上がったら放心状態になりますが、でもしばらくすると、その苦労を忘れてまたやりたくなるものなんですね。本を作ると、頭の中が整理されるんです。どこが好きなのか? とか、どういう手順で紡いでいたのか? とか。一から見直せるので、人様に自信を持って伝えられる、そういうものができ上がった瞬間の喜びは大きいです。手紙社さん(本とコーヒー tegamisha)でも10月末から出版記念イベントをやらせていただくことになりました。

『きほんの糸紡ぎ』緒方伶香著/誠文堂新光社 撮影:公文美和

 

10月30日(水)〜13日(水)『きほんの糸紡ぎ』出版記念フェアを本とコーヒー tegamishaにて開催
11月9日(土)、10日(日)にはワークショップも

ーーー今後の活動の展望などはありますか?
緒方:今後はもう少し糸紡ぎを中心にしていきたいです。もみじ市は特別なので、もちろんニードルパンチはこれまで通りやらせていただきますが、人類誕生の遠い昔から続いている糸紡ぎにも注目していただけると嬉しいです。

あとは、紡ぎでスマホ断ち、「デジタルラマダン」も。スマホから離れて手仕事をする時間は大事だと思うんです。紡いでいる時間は、余計なことを考えないので、瞑想にも近いかもしれません。それに、欲しいものがネットで簡単に手に入る今、敢えて手間暇のかかる手仕事が、より贅沢なことのようにも感じています。すぐに形にはならないようなことを、わざわざ時間をかけて作るっていうところが何よりの贅沢。80代のおばあちゃんがプログラミング言語を学びアプリを作る時代には逆行しているかしれませんが、紡ぎの楽しさを大事に伝えていきたいです。

ーーー今回もワークショップを通じて、羊毛に癒される人が増えることを願います。ありがとうございました!

紡ぎ車で糸を紡ぐ緒方さん

《インタビューを終えて》
淑やかで可憐な女性というイメージを持っていましたが、実際にお話ししてみると、その積極的な活動っぷりに驚くばかりでした。『羊毛のしごと』出版をきっかけに、次々とお仕事が舞い込だ緒方さんの“YEARS”を見ていると、偶然ではなく運命の出会いだったのだと思えます。また、羊毛は実に広く、奥深い世界であったことを知り、私たちの暮らしにこんなにも身近だったのかと、改めて実感することができました。当日、会場では糸紡ぎの体験もできます。普段の生活で、糸から何かを作ることはあっても、糸そのものを作ることはなかなかありません。ぜひこの機会に、羊毛の手仕事に触れて見てはいかがでしょうか。

(手紙社 南 怜花)