【廣田哲哉プロフィール】
陶芸家。笠間を拠点に活動されています。ファニーな表情をたたえた顔のある “イキモノのうつわ”を、生み出しています。のびやかで自由、型にはまらない、器のフィールドをひらりと飛び越えたインパクトある佇まいは、まさに変幻自在。毒とシュールを孕んだ愛くるしさ、道具として誠実に寄り添ってくれる上質な頼もしさ、どのような器使いも大正解! といったおおらかさとユーモア。そんな幅のある魅力がプリズムのようにキラキラとつまっています。器とオブジェの境界のちょうど良いポイントに漂う愉快なイキモノたちは、湧き上がるインスピレーションと共に暮らす喜びを今日も届けてくれます。
Instagram:@tetsuya_hirota_
【廣田哲哉の年表・YEARS】
【廣田哲哉さんインタビュー】
今回初のもみじ市登場となる陶芸家・廣田哲哉さん。控えめで優しいトーンのお話の中に、作家としての揺るぎない意思と、思わずクスッとしてしまうようなエピソードがちりばめられていました。飾らない素直な言葉たちが、じんわりこころに沁みてくる、廣田さんの“YEARS”は、これまでとこれからのストーリーです。
どちらでもない子供時代
ーーー奈良県ご出身なのですね。
廣田:小学校3年生まで奈良で過ごしました。団地だったのでまわりに子供がいっぱい。誰かいれば一緒に裏山に探検に行ったり、誰もいない日は、家でブロックで遊んだり。活発でもおとなしくもない、どちらでもない子供時代でした。
美術大学へ
ーーー美術大学へ進学しようと決めたきっかけを教えてください。
廣田:中学校くらいから自分はサラリーマンには向かないなと悟って。両親も薄々感じていて。この子には好きなことをさせてあげようと応援してくれました。もの作りが好きだったこともあって美術大学のデザイン工芸科を目指しました。
大学ではテキスタイル、インテリアデザインなどいろいろやってみましたが、結局製図が苦手で。陶芸でも轆轤(ろくろ)を引いてみたのですが上手く出来ませんでした。ところが製図はあっさり諦めたのですが、不思議と轆轤は技術を手にしたいと強く思いました。もし図面がひけてたら子供のオモチャのプロダクトデザインとかやってみたかったですね。ロボット好きなんです。
陶芸家へ
ーーー道が定まったのはいつ頃なのでしょうか?
廣田:大学3年生のとき、ある陶芸家さんのところへ、全くお手伝いになっていなかったような気もするんですが……とにかくお手伝いに行って。陶芸家の方のライフスタイルが格好良かったんです。朝起きて轆轤引いて。お茶飲みながらお客さんとお話しして。自分の力で、ひとりで作りながら、少しだけ人と繋がって身を立てている様子がいいなって思ったんです。
独立と結婚
ーーー独立を決定付けた出来事などはあったのですか?
廣田:卒業後は製陶所で修行しました。3年くらいでやめたいな、 なんて思っていたのですが、結局なかなかやめられず……。ふとある時、師匠からはもう学ぶべきことは吸収した。師匠もきっと出し切った(ハズ)! と、独立を決めました。
独立後ペースが乱れてしまって。夜中まで作って朝も遅くなったり。やっぱり独立って大変だなと感じていたときに、奥さんに出会いました。奥さんはオンとオフがはっきりしていて、「やる」「やらない」のジャッジも厳しい(笑)。でも制作で迷ったときのモヤモヤみたいな、そういうのは奥さんといると削ぎ落とされてスッキリしていったんです。
現在
ーーー「制作で必ずこれはやる! 」とか、約束事はありますか? 気分のスイッチの切り替え方もあれば教えてください。
廣田:今は規則正しい生活で、家事も少しだけお手伝いしたりしつつ作っています。規則正しい生活とはいえ、土を触っていないとイライラする性分なので、カフェでお茶しながらとか、ビックリするような場所で粘土捏ねてます。いかに周りを汚さないように作れるか。はじめは呆れてた奥さんも最近協力してくれるようになって。「こういう容器に入れたらいいんじゃない? 」とか、テイクアウト粘土(?)のアイデアも出してくれるんです。ためしたい事がいっぱいありますが、手の込んだ事が時間的な制約でできていなかったり、もどかしいこともあります。
アイデアが湧いてこないことはあまりありません。でも、稀にきもちが向かない時は、あると助かる(?)ようなアイテム、例えば小皿とか……そういった、いつも作っているものに向き合っていると、だんだん見えてくるんです。あと時々ギターを弾きます。ひとりでコソッと。歌ったり踊ったりは無いです。本は手にとることは少ないですね。
これから
ーーー訪れてみたいところはありますか?
廣田:作品たちにいろんなところに連れていってもらいたいです。夢は北欧とか。海外の方からインスタとかメッセージをいただくことも多く、理屈抜きで、使い方とかは考えずに気持ちだけで買ってくれる。そんなリアクションが新鮮で肌で感じてみたいです。
転機
ーーー転機として手紙社との出会いを挙げてくださっていますが(恐縮です! )、今年のもみじ市への意気込みやメッセージをお願いいたします。
廣田:陶器市で声をかけていただき、真夏の東京蚤の市に出店、去年、今年と鎌倉店で個展をさせてもらいました。憧れていて大好きな場に立てて、「俺なんかが……」という気持ちもありつつ、とてもありがたく思っています。スゴイ作家さんたちと技を磨きあって披露することができる、もみじ市でいっぱい刺激をもらって成長したいです。とにかく力を出し切りたいです。
《インタビューを終えて》
廣田さんがたびたび発せられていた「自分の力で」という言葉が静かな重みをもって心に留まっています。それは、ひとりで請け負おう! という勇気や覚悟と、先に見える景色を何でも見てみたいという好奇心のつまった、熱い力の塊を秘めた種のようにも感じられました。この種をそっと育んできた、これまでの日々こそが廣田さんのYEARSです。種は時を重ね芽吹き、ぐんぐんと空に向かってしなやかに枝葉を付け、次から次へと花を咲かせています。2019年。もみじ市でより鮮やかに咲き誇って、全てのひとの記憶に刻まれる、かけがえのないYEARSとなりますように。
(手紙社 森永純子)
【もみじ市当日の、廣田哲哉さんのブースイメージはこちら!】