もみじ市 in 神代団地,出店者紹介,ジャンル:CRAFT

liir(出品のみ)

【liirプロフィール】
ガラスの器や花器、アクセサリーなどを手がける、liir・森谷和輝さんの作品に初めて出会ったのは、ちょうど3年前。もみじ市の新たな出店者を決めるため、スタッフが持っていた一輪挿しを拝見した時でした。四角とも楕円とも異なる不思議な形をしたガラスには、小さな気泡がたくさん入っていて涼しげな印象。そのまま飾っても絵になる美しさを湛えながらも、挿した花の邪魔にならず、その魅力を十二分にひきだす作品に、思わず目が釘付けになりました。澄みきったガラスに淡く色づいたガラス、技法の違いによって見せる様々な表情も、彼の作品が人々の心を捉えて離さない理由のひとつかもしれません。
http://www.liir1116.com/
Instagram:@liir1116

【商品カタログ予習帳】


【liirの年表・YEARS】

【liirインタビュー】
2016年からもみじ市に参加されているliirの森谷和輝さん。福井県敦賀市にある工房に、担当の藤枝がお邪魔しお話を伺ってきました。

ガラスの道へのはじめの一歩

ーーー大学生の時にすでにガラスの道に進むことを決めていらっしゃったんですね。なぜガラスを選んだんですか?
森谷:立体のものを作りたいと思い、最初はプロダクトデザインを専攻しました。でもいざ授業を受けてみたら製図がメインで、なんか違うなと思って。その日の夜に先生のところに行って、専攻を変えたいと申し出ました(笑)。高校も美術系の学校だったし、それまで木や粘土とかは触ったことがあったけど、粘土は自分が手を動かした跡がそのまま表現されちゃうから、しょうもない自分が出ちゃうのが恥ずかしいなと感じて(笑)。ガラスは全くいじったことがなかったし、それ自体で綺麗だから「これだったらどんなものを作ってもなんとかなるか」と思い選びました。でも、実際は予想とは裏腹に全然思うようにならなくて、それが面白くてどんどんのめり込んでいきましたね。

ーーーそんなきっかけだったのですね! 大学の授業ではどんなことを学んでいましたか?
森谷:先生はキルンワークが専門だったんですけど、パート・ド・ヴェールや吹きガラスなどを一通り勉強しました。基本的な技法の順番で課題が出て、その都度作っていくという感じでしたね。当時は作家もののガラスの器とかコップとかがまだ少なくて、工業製品のものしか知らなかったんですけど、あるとき自分が作ったコップを見たら、厚みもあってムラになってしまっているんですが、そのおかげで光が屈折してすごい綺麗に見えて、衝撃を受けたんです。大学の時はオブジェを作っていることが多かったのですが、それ以来人が使うものを作ってみたいと思うようになりました。

学生時代に制作したオブジェ

ーーーそこから器作りに興味を持つようになるんですね。大学を卒業された後は?
森谷:神奈川にある「九つ井」という会社に就職しました。そこは懐石料理とかを出しているお店なんですけど、料理に合った器で提供したいという想いから陶芸やガラスの工房も持っている場所で、お店で使うコップや器をメインに作っていました。学生上がりでいきなり器を作れと言われても、最初は全然できなくて。金箔を使ったり、色ガラスを使ったりして、下手なりにやっていたら、こなせるようにはなってきたんですよね。と同時に、自分が作りたいものへの想いも膨らんできて、「個人でやっていくにはどうすればいいのか?」「どうやったら作家になれるのか?」ということに興味を持ち、調べるようになりました。

荒川尚也さんとの出会い

ーーー作家を志すようになった後は、どうされたんですか?
森谷:荒川尚也さんの「晴耕社ガラス工房」という工房が京都にあり、大学の先輩がそこで働いていたので、見学に行かせてもらうことになりました。大学時代に教授のガラスコレクションがあったんですけど、カラフルな作品が並ぶ中で、荒川さんの作品だけが透明で、それがとても印象的だったんですよね。口がバキバキに割れているぐい呑みで、その時は「これ飲めるの!?」って思っていました(笑)。

ーーー荒川さんの工房はどんな場所だったんですか?
森谷:京都の山奥にあり、すごい渓流が流れていました。「木ってこんなに生えてるんだ」って思うほど、真の田舎で。荒川さんはそんな電気も水道もないところを自分で開拓して、工房と家を建てられていました。使っている道具も自分で作っていたり、今まで知っていたガラスと全く違う世界でした。今でも会いに行くと、どう使うかわからない道具が置いてあったりします(笑)。

ーーーまるで発明家のような方ですね!
森谷:普通は電気やガスの窯が主流なんですけど、燃焼の仕組みを編み出して、灯油を使った窯を自分で作っていました。あと、井戸水をろ過するために水道の配管を考えたり、茅葺き屋根を葺き替えたり、とにかくガラス以外の仕事がめちゃくちゃ多いんですよね(笑)。もちろん業者に頼んだ方が早いし確実だけど、すべてガラスを作って生きていくことにつながっていて、個人の作家として活動していくのならできることは自分でやった方がいい。そういうスキルを最初に教えてくれていたんだなというのを、後から感じました。

晴耕社ガラス工房に向かう道

チームでのものづくりを経て

ーーー荒川さんのところではどのように制作活動を行なっていたんですか?
森谷:元々工場で働いていた方なので、作り方は主に分業でした。今まで大学などで見ていたやり方は、アメリカのスタジオガラスと言って、個人の作家がアシスタントに助けてもらいながら作品を作っていくアーティスト的なスタイルだったので、分担して制作するやり方が新鮮でしたね。

ーーー分業でやるのは珍しいんですね。
森谷:とても効率よく作業が進むんです。吹きガラスでは、ガラスを溶かすための熔解炉と作業中のガラスを温める焼き戻しの炉、ゆっくりとガラスを冷ます徐冷炉の3つがあって、そこを分けて使うことができるので。チームで流れを作って作業していくことができます。それが奥深くて面白かったです。

一番最初の工程が、「下玉」という土台を作る作業になります。ドロドロに溶けたガラスを巻き取り、吹いて丸く形を整えるんですけど、これがそのままコップの形になっていくので下玉で完成の形が決まっちゃうんです。荒川さんは上手だから、下玉がイマイチでも綺麗な形に仕上げてくれるんだけど、いい下玉だと無理しないでも素直に形になってくれるからスムーズなんですよね。だから、この時期にたくさん下玉を取らせてもらって本当に良かったです。一人で全ての工程をやっていたらなかなか数をこなせないので、いい経験になりました。

下玉を吹くところ

あと、荒川さんは加工前のガラス自体も自分のところで作っているんです。原料の砂を混ぜて溶かし、ガラスをイチから作っているんですけど、それに最初はすごい驚いてもう惚れてしまって(笑)。普通はガラスの原料屋さんから混ざっている状態のものや、すでにガラスになっている状態のものを買って使うので。それまでは、ガラスって透明なもの1種類しかないと思っていたんですよね。でも、同じように見えても成分が違ったり、一つひとつに味があるということを教えてもらいました。やっぱりガラス作りからやっているからか、荒川さんの作品ってまるで川底を見てるかのように透明なんです。本当に自然な透明という感じでした。

個人作家としての活動開始

ーーー荒川さんのところで様々なことを学んだ結果、今に至るんですね。その頃は自分の作品も作っていたんですか?
森谷:昼間は吹きガラスをやっていましたが、夜は家で電気窯を使って自分の好きなものを作っていました。賃貸の部屋に石膏の型とかが置いてあって(笑)。2009年の年末ぐらいから、京都の「百万遍さんの手づくり市」に出すようになり、そこでお店の方や他の出店者の方と知り合うようになりました。

ーーーこの時はどんな作品を作っていたんですか?
森谷:色とかじゃなく、ガラス自体が溶けて動いていくような形に興味が出てきて、溶けていく途中の形のようなアクセサリーを作ったりしていました。道具が揃ってきたら、今度はお皿に挑戦したり。環境によってちょっとずつできることが増えてきたんですけど、なるべくシンプルなやり方で作ろうと思っていましたね。シワがキュッとよったような感じが好きだったから、お皿を作るときも型を使うんだけど、なるべく型には沿わせず自然に曲がるようなものを作っていました。

ーーーガラス自体の特性から発想を得ているんですね。
森谷:これも荒川さんの影響がすごくありますね。荒川さんのコップって泡が入っているんだけど、模様をつけようと思って入れているわけじゃないんです。ガラスをまわしながら型に入れて吹くと泡がねじれるんですけど、そのねじれによって、ガラスが柔らかく溶けて伸びたりしている様子を分かりやすく表現しているんです。

ーーー今、作品を作る時はどんなことを意識されているんですか?
森谷:活動を始めた当初は器としては最低限の機能しかなく、オブジェに近いようなものを作っていたんですけど、お店の人やお客さんと話すようになって、使いやすさを考えるようになってきました。自分の表現したいものと、人に求められているもののバランスを取るような感じですね。オブジェのようにガラスが持つ表情を出したいというのが根底にはあるけれど、シンプルな形でガラス自体が綺麗に見えるような作品になるよう心がけています。

《インタビューを終えて》
今年のもみじ市からliirさんを担当することになり、工房に訪れるのはもちろん、面と向かってお話しするのも初めてで、当日はかなり緊張していた私に、気さくにこれまでの出来事を語ってくれた森谷さん。特に師匠の荒川さんのことを話すときは、まるで子供のように無邪気な表情をされていて、森谷さんにとって荒川さんは本当に大きな存在だったなのだなということを、ひしひしと感じました。「その時々で最善を尽くし作品を作っている。だから先が長いというか、終わりが見えないんですよね」とおっしゃっていた森谷さんの作品が、これからどのように変化していくのか、今後がとても楽しみです。

(手紙社 藤枝 梢)

【もみじ市当日の、liirさんのブースイメージはこちら】