ジャンル:CRAFT,出店者紹介

八重樫茂子

【八重樫茂子プロフィール】
シンプルな織り方と色遣いで構成されながらも、ふと人が身につけていると目を留めてしまう。そんな不思議な引力を持った、八重樫茂子さんの織物。小田原にあるご自宅で、今ではもう、すっかり暮らしの一部になった大きな織り機から、毎日コツコツと作品を生み出しています。心地よいと思ったもの、日々の生活で出会った好きなもの、そんなものをイマジネーションの元にして作られる作品は、素直な気持ちがそのままに現れているのでしょうか。身につけているだけで、なんだかワクワクと心が弾むのです。これまで幅の広いストール派の私(担当:本間)でしたが、八重樫さんのマフラーに一目惚れして使い始めて以来、その使い心地にすっかりと虜になってしまいました。気まぐれに現れる新作も楽しみの一つ。「織りって楽しい!」そんな気持ちがいっぱいに詰まった作品と、とびっきりの笑顔に会いに、ぜひブースへ足を運んでみてください。
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【八重樫茂子の年表・YEARS】

彼女について語る時、つい「織りって楽しい!」という言葉を記してしまう。それはきっと、織りを語る八重樫さんから、いつだってワクワクとした気持ちが溢れているから。彼女はいつ、どんな風に織りに出会ったのだろう? 今に至るまで、どんな歴史があったのだろう? そんな疑問の答えを、聞かせていただきました。

きっかけは、「思い出づくりの旅」から

ーーー小田原で日々織り機に向かい、織りを生業として過ごす八重樫茂子さん。二度の北欧留学を経て、織を学んだといいます。けれど、最初の留学は、なんと「思い出づくりの旅」だったとか……?

遡ること19年。2000年、夏。世界中が“ミレニアム気分”で賑やかで、ご多分に漏れず、当時の八重樫さんも「ここは何か記念になることをしたい!」と、そわそわ。気がつくと持ち前の行動力を発揮して、ノルウェーへ1年間の留学をしていました。2001年の春頃、同様にデンマークへ留学していた妹さんから実際に教わることで、初めて北欧の織りに出会います。その後は帰国まで、学内にある織り機をこっそりと使い、日々織りに触れていたそうです。

ーーーこの頃はまだ、織りを仕事に、とは考えていなかったんですよね。
八重樫:もう、全く。最初の留学はカリキュラム自体に織りはなくて、ただ独学で触っていただけでした。2003年にもう一度、今度は“織りを学びに”スウェーデンに行くのですが、実はその時も仕事にしようとは思っていませんでした。「おばあちゃんになった時、趣味として楽しめたら良いな」くらいのつもりだったんです。

ーーー最初の留学から帰国後、次の留学まではまではどんな時間を過ごしていたんでしょうか?
八重樫:その頃はデスクワーカーでしたが、織りの楽しさが忘れられなくて。身体が覚えているうちにと週に2〜3時間、教室に通っていました。でも、仕組みや基本的なことを細かく説明してもらえるのは良いんですが、短時間ではいまいち身につかなくて……。

ーーーそこで、2度目の留学へ?
八重樫:そう! 本当にたまたまなんですが、妹と母が年始にテレビを見ていて、スウェーデンの手工芸を教える学校のひとつ「カペラゴーデン」で、織りが学べるというテレビ番組を同時に見つけて、教えてくれたんです。費用は日本で学ぶのと変わらなかったし「だったら海外へ行こう!」と。トントントンと話が進み、その年の夏にはスウェーデンにいました。

ーーーものすごいアクティブ(笑)! けれど、この頃も「おばあちゃんになってからの楽しみ」のためだったんですよね。「仕事にしよう」と思うきっかけはどこにあったんでしょうか?

留学中に制作したショール。暖かそうな生地感が伝わってきます
織りだけでなく、プリントの授業も
帰国間際の寮の写真。窓の外の風景から、流れる空気を想像してしまいます

最初の転機〜とあるガラス作家との出会い〜

八重樫:カペラゴーデンへの留学から帰国してしばらくは、やっぱりデスクワーカーをしていました。織り機がないと作品も作れないので、この期間は少しお休みですね。そんな時、妹が留学中にデンマークで知り合ったガラス作家さんを紹介してくれたんです。彼女との出会いが、まさに転機。今でも会うたびに「私の恩人です」って言っています。本人は忘れてますけど(笑)。当時からガラス作家として活動していた彼女に「スウェーデンで織りを学んだのなら、仕事にするわよね?」と尋ねられて、思わず、イエス、と言ってしまったんですよ。

ーーー思わず(笑)。
八重樫:そう、思わず(笑)。そうしたらお店を紹介してくれて、丁度織りの作家が少なかったこともあって、作品を見てもらうことになったんです。もう、上代(販売価格)と下代(仕入値)のことすらもわからないから、全部お店の人に教わりながら、スタートして(笑)。

ーーーすごいスタートですね。ガラス作家さんとの出会いももちろんですが、お店の方も、そんな風に丁寧に接してくださる方はなかなかいないのでは?
八重樫:そうですね、最初にすごく良いお店を紹介してもらったな、と思います。丁度雑貨ブームが来る始まりの頃で、タイミングもよかったのだと思います。

ーーーその年、2004年の冬に織り機を手に入れたとありますが、これはお仕事のために?
八重樫:それが違うんですよね(笑)。この期に及んでもまだ「織りを仕事にする」という気持ちはなくて。ただ単純に、織りが楽しくて忘れたくないから、身体が忘れないようにと織り機を迎えました。

八重樫さんが中にすっぽりとおさまる、小部屋ほどもある大きな織り機。八重樫さんの大事な相棒です

ーーーそして、織り機を迎えるために小田原へ。
八重樫:そう! その時友人に譲ってもらった大きな織り機を広げるために、実家を出て今の小田原の家に引っ越したんです。

ーーーあの(巨大な)織り機を持っていたご友人がいたのもすごい(笑)。しかしその行動力、脱帽です。
その後、2005年から2009年までは、手探りの旅が続きます。何を作ったら良いのか、どのくらい作ったら良いのか。身近にクリエイターらしい人もおらず、予備知識が全くなかった八重樫さんにとって、まさに暗中模索の日々。コースターやハンドタオルを織ったり、時には帽子やミトンなどニットの作品を編んだりすることも。そうして少しずつ作品の幅を広げていく中で、ついに彼女の“代名詞”とも呼べる作品と出会いました。

第2の転機〜「ショール」と「マフラー」の誕生〜

八重樫:2008年に、今も織り続けている、小花模様の「ショール」と「マフラー」を初めて作りました。実はこの前にも1度、チェックのマフラーを織ったことがあったんですが、もう、すごく辛かったんです。規則的なチェックにピンとこず、不規則なチェックを織っていたから「何目空けたら、次は何目織って……」とずっと頭を使っていないといけなくて。とても疲れてしまった。

ーーー確かに、織りは時間もかかるし、何作品分もそれが続くのは辛そうですね……。
八重樫:この頃は、まだ全く自信がなくて、周りの反応を頼りに何が可愛いのかわからないまま織っていたんですよね。このチェックもお客さんは喜んでくれたんですけど……。それからしばらくして出会ったのが、今の小花模様の「ショール」と「マフラー」。この地味柄がなぜか今も人気で(笑)。織っていても辛くない、楽しい。お客さんも喜んでくれる! 最初は妹やお店の人が「これいいよ!」と言ってくれて「じゃあ、織ってみようかな」という感じだったんですけど、気が付いたらもう10年(!)、飽きずに織っていました。他にこんなに続いているものはないので、自分でもびっくりです。この出会いがなかったら、織り自体、辞めてしまっていたかもしれません。

ーーー小花模様のマフラー、本当に使いやすくて私も大好きです。トレードマークはここで生まれたんですね。でも、八重樫さんにも「織りが辛い」ことがあるんだなと、当たり前なのかもしれないですけど、ちょっと新鮮です。
八重樫:今はそうですね。続けるためには、「自分が楽しめるもの」を見つけるのが大事だと気付いたので、楽しいものを織っています。ピクチャーシリーズはチェック以上に頭を使って織るから大変なんですけど、1周回って今だからこそ作れるのかなと思います。あんなに小さいのに、ものすごい体力を使いますけど(笑)。でもあの頃も、織り自体は楽しかったんです。副業の傍、毎日30分だけとか、週末を使って、ヘトヘトになりながらも「やめたい!」と思ったことは一度もなかった。何でだろう? ずっと楽しくて、飽きないんです。今も。

私(担当:本間)が愛用している、八重樫さんのマフラー。色こそ増えたり減ったりはあれど、この「小花模様」は10年前から変わりません

「ショール」と「マフラー」との出会いもあり、その後少しずつ受注が増え、2009年には織りを専業に。さまざまな公募イベントへの応募、グループ展への出展などの試行錯誤の期間を経て、2013年には、手紙社のイベント「布博」の第1回に出展(実は最初は「本当にそんなイベントやれるの? と半信半疑だったそう! 出ていただけてよかったです……)。その翌年、もみじ市初出店が決まり、今ではすっかり、「もみじ市が八重樫茂子のシーズンスタート」になりました。

《八重樫茂子の“YEARS”とは》
ご家族から紹介され、訪れたスウェーデン。ガラス作家さんから紹介され、出会ったお店、始まった織りの仕事。友人から譲られた、巨大な織り機。周りからの反応で育っていった「ショール」と「マフラー」の存在。一見すると、八重樫さんのこれまでの歩みは、幸運な出会いに導かれているようにも見えます。「運が良い人」と片付けてしまうことは簡単ですが、お会いするたびに迎えてくれる、見ている側までつられてしまうような“笑顔”を眺めていたら「きっとその要因はこれだな」と確信しました。「人が好き!」と語り「楽しそう!」と思ったことに向かっていくエネルギーに溢れた彼女のその満面の“笑顔”に、きっと人も運も、引き寄せられてしまうのでしょう。紛れもなく、私もそのうちの一人です。

たくさんのお店やイベントとのやり取りの中で、少しずつ「顔の見える誰かのために頑張る」という、自分のスタイルが見つかってきたと話してくれた八重樫さん。今も新しい作品を作る時は、「私はこんなものを作っているのが楽しいけれど、みなさんはどうですか?」という気持ちを抱いているそうです。自宅で一人で制作を行う彼女にとって、お店の人の反応は、大事な指針の一つ。そしてお客さんと直接会うことのできるイベントは、とっても貴重な機会なのだと話してくれました。今年で出店5年目となるもみじ市。現在、新作発表に向けて材料集めの真っ最中とのこと。もみじ市当日、心に響くものに出会ったら、ぜひ「この作品、好きです!」という思いを伝えてみてください。その言葉が形を変えて、次の八重樫さんの作品の一織りに、織り込まれているかもしれません。

(手紙社・本間火詩)