【イイダ傘店プロフィール】
オーダーメイドで、布地から傘を仕立てる傘屋・イイダ傘店。デザイナーのイイダヨシヒサさんの水彩画から生まれるテキスタイルは、季節の花々、身近な食べ物など、ときに上品で、ときに遊び心たっぷり。傘を作る全ての工程を、スタッフ全員が手仕事で行うイイダ傘店。あなたのためだけに作られた1本の傘を手にすれば、雨でも晴れでも、どんな空模様の日も、傘を手にお出かけしたくなるに違い有りません。
http://iida-kasaten.jp/
【イイダ傘店の年表・YEARS】
イイダ傘店のはじまり
ーーースタートは横浜だったんですね
飯田純久:そう。元々、横浜出身で、美学を卒業したタイミングで横浜の反町ってところにアパートを借りて一人暮らしを始めたんです。それがのちのイイダ傘店の最初の工房にもなりました。最初は友達とデザインの会社をやっていたけど、卒業制作で作った傘がやっぱり気になって、傘一本でやっていこうと決意しました。屋号を掲げた年に雑誌『装苑』の新人特集に掲載され、弾みにもなりました。そして翌年の2006年から春と秋と年に二度のオーダー会を行うスタイルが始まったんです。
イイダ傘店から届く贈り物のような案内状
ーーーどのオーダー会も必ずお客さまに案内状をお送りされていますね。今年の夏の開催のご案内が私のところにも届きました。ありがとうございます。この案内状、毎回異なる姿かたちなんですよね。
飯田純久:はい。このファイルに今までのオーダー会の案内状があるんですけど……。どれも思い出深いですね。
これは、2006年の初めての開催のときのもの。友人のデザイナーに依頼して作ってもらいました。封筒のシミはデザインじゃなくて、シミね。1通ずつ薄紙を糊付けして封筒にして送ったのを覚えています。当時はまだ今のようにSNSがなくて、告知の方法は郵送するフライヤーしかなかったんです。時代は変わってもこの1通ずつ、お客さんにお送りするスタイルは変わらないですね。「私に案内状が来た」と思ってもらえる特別感が、つながりを生み、お客さんとの関係を感じられるように思っています。毎回どんなデザインにするか、どんな形にするか悩みどころ、そして作る手間もありますが、お客さんから反響の声をいただけると、やっててよかった! と思えますね。
これは、2008年秋のオーダー会のもの。僕と、僕の傘の師匠と仰いでいる方の手が封筒の表と裏に印刷されています。師匠との出会いは学生時代にさかのぼります。傘を作っている人の話を聞きたいと思って、タウンページの“傘”の項目から、“傘輸入”、“傘卸”、“傘部品製造”とある中で、“傘製造”の一つに電話して巡り合ったのが東京・三鷹の商店街にあるハマヲ洋傘店の傘職人、鎌田さんでした。「弟子を取る気はない」というと仰る蒲田さんのところにほぼ押しかけに近いかたちで足を運んでいた僕に、1本傘を作ってくれました。その傘をお手本に何本も自作の傘を作って、また通い……の繰り返しで少しずつ自分で傘を形にできるようになりました。その後、僕と師匠のものづくりの映像を企画したのですが、それを発表する展示会の時に、師匠の手を撮影して案内状にしました。
2011年の秋のこの招待状は、グラシン紙に草花を印刷し、一輪ずつ押し花を同封しました。せっかく押し花を入れるから、透明のOPPの封筒にしたいのだけれど、郵便では切手が貼れないからOPPはNG。苦肉の策で上部を紙で封し、そこに切手を貼りました。抜け道のような方法だなぁと思いつつ発送した記憶が残っています。
2013年の春はアイスクリームをデザインしたものでした。封筒のこのアイスクリーム、1枚ずつ最後に絵の具で彩色しているんですよ。同封しているオーダー会の案内の紙もアイスのフレーバーをイメージした色にしました。イイダ傘店の傘は全ての工程を人の手で作っていますが、案内状も人の手が感じられるものにしたいといつも思っていますね。
2013年の秋は、ある意味、転機というか最も印象深いものかもしれません。この招待状は実は1枚ずつ全て手で染めて、ぎゅっと絞ってシワ加工を施しているんです。最初は水で濡らしてシワ加工だけ、と思っていたのですが、ふと「どうせ濡らすなら紅茶染めにしよう」となったのが、もう……。熱々の紅茶に浸すと、それを絞るのが熱くて熱くて本当に辛いんですね。煮出し、浸し、絞り、干し、折りたたみ、封筒へ。これが約1万通。7人体制でも丸1週間かかりました。傘の制作はまったく進まないし、これが自分たちが手掛けた一番手間がかかったもので、もうこれ以上に大変なことはやらないぞ、と心に思った回でした。(笑)
イイダ傘店の美味しい傘たち
ーーーイイダ傘店さんと言えば、シーズンごとに出る柄の中の食べ物が個人的にとても印象的で、どのデザインも心惹かれます
飯田純久:毎シーズン、必ず食べ物デザインのものを入れているわけではなくて、デザインとして形にしたいと思ったものを、その都度作っています。今回、柴田さんと話していて、食べ物デザインを時系列で振り返ってみました。ちょっと時系列、記憶に自信がないものもありますが、色々作りましたね。
最初はクロワッサン。これはジャガード織りという織り方の記事です。当時住んでいた反町にあるパン屋さん、『麦 BAKU』のクロワッサンがモデルです。食べ物デザインは「◯◯の店の◯◯」とモデルがあることも多いんですよ。
のり弁は、布地がお米模様、その上に海苔を刺繍で施しました。海苔の繊維が絡まってできている感じを刺繍で表現したかったんです。工場の方には、イメージのスケッチの他に本物の海苔も渡しました。
魚の骨は、色んな魚を沢山食べて、魚の骨らしい骨と……と考えましたね。形になってから、お客さんには「サンマですか?」と言われることが多いのですが、実際サンマも食べていました。細長い骨と尖った頭がサンマっぽさがありますかね。
ブロッコリーは、この粒粒感を刺繍で表現したのをよく覚えています。これも確か、工場の方に実物のブロッコリーを渡したような……。色違いの白系の糸のデザインは、偶然「これはカリフラワーだね」となりました。
この角食は、当時、妙蓮寺にあった山角 (SANKAKU)ってパン屋さんの角食がモデルです。当時アトリエが近くにあって、ここの食パンをよく食べていました。
トウモロコシは、断面の美しさに惹かれてデザインに落とし込みました。ぱっと花が咲いたようにも見えますよね。ちょっと今この生地の見本の中にはないですが、おでんは、福岡で食べたおでんをきっかけに、妙蓮寺のおでんやさんの具をモデルにデザインしました。お寿司は金沢で食べたとびっきり美しかったお寿司を。今回2019年秋の新作のバウムクーヘンは、最近よく食べていたので。高級品や珍しい食べものよりも、身近で親しみのある食べ物がデザインになることが多いですね。これからもきっと食べ物モチーフのデザインは生まれると思いますが、いつなにが登場するかはその時その時のタイミングですね。
ーーー今年のイイダ傘店さんは、去年のもみじ市でコラボしたcoupéさんとのサンダルもお披露目となります。手元にも、足元にも、ぱっと心に花が咲くような晴れやかな気持ちになれるアイテムがブースでずらりと待っていますよ。10月の秋晴れの空のもと、あなたのお気に入りと出会えますように。
《インタビューを終えて》
ぽかぽかと日差しが心地よい春と、少しずつ夏の気配が薄れ乾いた風が感じられる秋、毎年2回欠かさず行われるイイダ傘店のオーダー会。それは“とっておき”が感じられる案内状からはじまっていました。巡る季節と、その空のもとで手にする自分だけの傘は、頭上にぱっと開く度にオーダーしたときのこと、完成品が届くまでの待ち遠しい時間、初めて広げた瞬間など、それぞれのストーリーが甦ります。オーダー主の元に旅立った1本、1本の傘がイイダ傘店のこれまでの物語をかたちづくり、これからも、その傘を手にする人の元に笑顔を生んでゆくのでしょう。
(手紙社 柴田真帆)
【もみじ市当日の、イイダ傘店さんのブースイメージはこちら!】