出店者紹介,ジャンル:FOOD

ヘブンズテーブル(13日)

【ヘブンズテーブルプロフィール】
ヘブンズテーブル・トモミさんの作るパンは、ほうじ茶やトマト、ヨーグルトなど、パンに合わせた素材で酵母から手作りしているため、素材の味がぎゅっと詰まった“ヘブンズテーブルにしか作れない”味わい。そしてヘブンズテーブルの魅力はパンのみにあらず。様々な料理のオリジナルレシピを考案するトモミさんの活躍の幅は、料理教室や、時にはカフェのメニュー開発や商品開発など、多岐に渡ります。もみじ市の応援歌でお馴染みのカズヤスマキさんは、什器や広報も担当。ちょっぴり控えめなトモミさんと、いつも明るい笑顔で私たちを元気付けてくれるカズヤスマキさんは、まさにベストパートナーです。果たして今年はどんなメニューが待っているのでしょうか? 乞うご期待です。
https://heavenstable.web.fc2.com


【ヘブンズテーブルの年表・YEARS】

第1回からの皆勤賞。もみじ市には欠かせない、ヘブンズテーブルの存在。店主のトミヤマトモミさんが作る自家製酵母パンを求めて、毎年多くの人々が列を作ります。だからきっと、“ヘブンズテーブル”=“パン屋さん”そう捉えている人が多いのではないでしょうか。実は、私(担当:本間)もかつてはそう思っていたうちの一人でした。でも、担当3年目になった今「彼らを単に“パン屋さん”と括ってしまうのは勿体無い!」そう思います。とびきり美味しいパン屋さんでありながら、トモミさんの作るパンのように、ぎゅっと奥深い魅力が詰まったヘブンズテーブル。その歴史を、一緒に紐解いていきましょう。

理髪師から食の世界へ

ヘブンズテーブル店主・トミヤマトモミさん。実はご実家は理髪店で、4〜5年は理髪師として働いていたこともあったのだとか。しかし仕事を続ける中で、「自分のやりたいことは、もっと他にあるのでは?」そんな気持ちがむくむくと膨れ上がり、大好きな料理の道へ入りました。ベーカリーやカフェなどでアルバイトをしながら、夜間、フードコーディネーターの専門学校へ通う日々。そして無事卒業した1年後から、『ヘブンズテーブル』の屋号を掲げ、ケータリングや料理教室の活動をスタートしたのです。まさにトモミさんの人生にとって、一大転機でした。

ーーー今でこそ「自家製酵母パン」が看板商品のヘブンズテーブルですが、最初はケータリングや料理教室からのスタートだったんですね。
トモミ:そうですね。今も続いていますが、週末は料理教室の日。初めはその頃住んでいた自宅を使って教室を開いていました。当時(1998年)はまだインターネットも今ほど普及していなかったでしょう? 今は料理を作ろうと思ったら、ネットで調べればすぐにレシピがわかるし、動画で公開している人もいる。でもこの頃は料理を習いたかったら料理教室に行くことが当たり前だったんですよね。大体、1日5、6人くらいだったかな。土曜と日曜、どちらも開いていたので、多い時には月50人くらいの生徒さんがいて。

ーーー50人! すごい数ですね。
トモミ:ケータリングもやっていたし、だんだん自宅では手狭になってきてしまって。専門学校時代の恩師に「そんなにお客さんがいるならお店を開いたら?」と声をかけてもらったことが後押しになって、アトリエを持つことに決めました。

試行錯誤、手作りのアトリエ。きっかけは……

ーーーこのアトリエの内装、カズヤスマキさんが作られたんですか!?
カズヤスマキ:そうなんです。前の人が夜逃げみたいな形でいなくなった建物で(苦笑)。廃棄だけでものすごいお金がかかっちゃって。キッチンとフロアの間にあるカウンターと、ドアだけは専門の方にお願いして、他は僕が作りました。

 

ヘブンズテーブルオープン当初のアトリエの様子。白い壁と濃色の床に、真っ赤なソファがよく映えます

ーーーすごい。もう何回もお邪魔してますが、全然知りませんでした。ちなみに当時、DIYのご経験は?
カズヤスマキ:それが全く。実はこれの一番のきっかけになったのが雑誌『自休自足』に出会ったことでした。

『自休自足』:手紙社代表の北島勲が初代編集長を務めた雑誌。2007年にはトモミさんが季節の酵母づくりを紹介する記事も掲載されています。

ーーーそんなところからご縁が始まっていたんですね!
カズヤスマキ:初めて読んだ時はもう、衝撃でしたよ。自分たちで作り上げたお店とか、オーガニックのカフェとか、雰囲気がいいお店がいっぱい紹介されていて。今でこそそういうお店はたくさんありますけど、当時は「こんなお店があるんだ!」とものすごく驚きました。自分たちで店をやりたい人向けに、不動産の情報とかも載ってたんですよ。すごい田舎ばっかりなんですけど(笑)。その物件を見に千葉まで行ったりもしました。今のアトリエを作る時、教科書のように読んでましたね。

2005年、カズヤスマキさんのDIYによるアトリエオープン後(なんと毎夜お仕事後に、23時頃まで作業し、1ヶ月かけて作りあげたのだとか!)、料理教室に自家製酵母を使ったパンづくりのメニューが加わるようになりました。子どもの頃はあまりパンを食べなかったというトモミさんですが、大人になって「パンって自分で作れるんだ!」と知り、パンづくりの世界に魅了されていったのだそう。ドライイースト、市販の天然酵母と試すうちに、自家製酵母づくりの面白さの虜になってしまいます。そして、“自家製酵母のパンづくり”がきっかけで、いよいよ、もみじ市と出会うことになります。

自家製酵母パンともみじ市

ーーー2006年、初めてのもみじ市にお2人は参加してくださっているんですよね。これはどんな経緯があったんでしょうか?
トモミ:実はたまたま、北島さんたちが私のパン教室に来てくれたんです。「自家製酵母のパン教室」というのに興味を持ってくれて、洋子さんと千夏ちゃん(北島含め、初代もみじ市立ち上げメンバーの3人)と一緒に。
カズヤスマキ:その時は『自休自足』を作ってる人たちだなんて全く知らず。雑誌に掲載されてた作り方に倣ったベンチをアトリエに置いたりもしてたんですけど、トモミが自慢げに「手作りなんです」って話しちゃったりして(笑)。

ーーー料理教室に! 確かに、まさか思わないですね……(笑)。その時にすぐにもみじ市のお誘いが?
トモミ:その時は普通に教室に参加してくれて、私もまさか気がつかなくて。ただなんだか妙に酵母に詳しいし、熱心だし、3人で畑をやっているって言うし、「なんだか不思議な3人組が来たな」と思っていました。北島さんたちは「お店に自分たちの写真が載っている『自休自足』は飾ってあるし、掲載していたベンチもあるし、絶対にバレてる」と思ってたみたいなんですけど(笑)。

カズヤスマキ:夜、仕事から帰ってトモミからその話を聞いて「若い3人で畑をやってるって、なんか聞いたことあるな……あ!!」って。丁度、店に飾っていた『自休自足』のページに、洋子さんや千夏ちゃんが畑で笑ってる写真が載っていたんですよね。

トモミ:「この人たちだ!!」って(笑)。それからしばらくして、「実は私たちあの時の……」って、もみじ市のお誘いをいただきました。

そうして迎えた2006年、11月、初めてのもみじ市。この時は仙川の小さな「森のテラス」で開催していました。予想を遥かに上回る来場者に、トモミさんたちは急遽1日だけの予定だった出店を2日間に。初日売り切れ後に急いで仕込みをしてくれたそうです。今年のメインビジュアルで語っていただいた、「1日50個のパン」を焼いていたのが、まさにこの時。もみじ市への出店がきっかけで、この頃から各地で増え始めたクラフトイベントなどへ出店もするようになりました。

出会いが積み重なって迎えた、5周年

ーーーもみじ市初出店に続いての転機となった2010年。5周年記念イベントを開催されていたんですね。
カズヤスマキ:そうなんです。東京蚤の市にも出ている「MAREBITO」さんで、陶芸家やパティシエ、コーヒーショップ、いろんな人を呼んで、小さなマルシェをやりました。始まりの頃からずっともみじ市で一緒だったkata kataや亜衣ちゃん(charan 山田亜衣)なんかも来てくれて、夜にはtico moonのライブを開催して『heaven’s table』という曲を演奏してもらったんです。

5周年イベントの様子。ヘブンズテーブルは、パンやワッフルを販売。もちろん、カズヤスマキさんによるライブもありました

ーーーわあ、豪華ですね! すごい賑わい。私も行ってみたかったです。でも、“お店の5周年イベント”をあえて「お店の外で、いろんな方を呼んだイベントにしよう」と思ったきっかけは何だったんでしょうか?
カズヤスマキ:ヘブンズテーブルの5年は、自分たちだけの5年じゃなくて「いろんな人たちと出会って、その関わりの中で迎えられた5周年だ」という思いが強かった。だからその5年間で関わったいろんな人たちを呼びたかったんです。

カズヤスマキさんが熱い想いを込めて企画したイベントは大成功。ヘブンズテーブルは、たくさんの人から祝福されて5周年を迎えました。2013年には、それまでイベントや配送でしか販売していなかったパンを、アトリエでも販売するようになります(毎週金曜日にだけオープンし、昼過ぎには完売してしまうことも珍しくないパン屋さんは、しばしば「山奥のパン屋より買えない」と言われることもあったとか……)。

アトリエでの活動と並走するように、トモミさんは専門学校の恩師からのご縁で、パンづくりやオリジナルレシピにまつわる2冊の書籍を、有志とともに出版。実は趣味の手芸が高じて、洋裁の書籍に参加したこともあるというのだから驚きです(実はこれに関して「憧れの人から、突然のラブレターが届いた!」という素敵なお話があるのですが、それはまた別の機会に。気になる方はぜひ、トモミさんに聞いてみてください)。年表にはありませんが、カズヤスマキさんもその腕を買われイベンターとして活躍。お2人の豊かな才能と人望の厚さが感じられます。

トモミさんが有志の方々と出版した2冊の書籍『むかし、むかし、ある所に、料理の好きな子供たちがいました』『おいしいものは、お父さん、お母さんから教わった』

欠かすことなく参加してくれているもみじ市では、パンの販売のみならず、飲食出店者としては珍しいワークショップ(しかも屋外で!)なども積極的に開催してくれました。時にはスープなど、パン以外のフードメニューが現れたことも。そうそう、忘れてはいけないのが2010年の新メニュー「いちご酵母の焼きたてワッフル」。なんと、前年のもみじ市、パンと一緒にマフィンを売っていた際、当時参加していたボランティアスタッフが「パンとワッフル販売してます!」と言い間違えたことから着想を得たそうですよ。

2017年「 ROUND」がテーマのもみじ市で、ヘブンズテーブルは「ROUNDは、人との縁だと思う」と話してくれました。改めて歴史を振り返ってみると、なるほど、お2人の姿は、いつも人の輪の中にあるようです。もみじ市についても、こう語ってくれました。

カズヤスマキ:僕らがもみじ市に出るようになって、一番大きかったのは「作家の世界を知った」ことだと思っているんです。

ーーー作家の世界、ですか?
トモミ:はい。当時はもみじ市のようにクラフトの作り手やフードの出店者が一緒になって出るイベントはほとんどなかったし、「作家」という人たちと関わる機会がなかったんです。だからもみじ市に出て「こんな人たちがいるんだ。こんな世界があるんだ!」って。
カズヤスマキ:もみじ市で知り合った、kata kataとか、小谷田くんとか、友だちのようなんだけど、時々、火のような情熱を感じさせる時がある。その度に「もみじ市に出るんだから、自分たちも半端はできないな」っていつも思うんです。

もみじ市で知り合った作家さんの作品たち。左手前から、小谷田潤さんの花器やマグ、グ・シャオインさんやkata kataさんのポストカード、高旗将雄さんに描き下ろしてもらったヘブンズテーブルオリジナルトートと似顔絵、charan 山田亜衣さんに作ってもらったコイントレー、nuri candleのキャンドル、wato kitchenの書籍、ナカキョウ工房からのプレゼントの花瓶人形、左藤吹きガラス工房のグラスや箸置き、夜長堂の張り子の人形。パッとアトリエを探しただけでも、こんなにも集まりました


《ヘブンズテーブルの“YEARS”とは》
毎週、毎年、少しずつ移り変わる季節に合わせて、新しいパンやメニューを模索し、作り続けるトモミさん。そしてそれを求めて、今日もたくさんの人がやってくる。そんな日々が、20年。「それって、ものすごいことだなぁ」と、思わず取材する背筋が伸びました。側には、時には味見役として、時には広報担当やイベンターとして、また時には什器制作で……さまざま形でそれを支えるカズヤスマキさんがいて、いろんな人たちと、楽しいことを考えています。トモミさんはいつか、自分の活動の原点を「たくさんの人にオイシイ物を食べてシアワセな気持ちになってもらいたい」と話してくれました。今回、取材を通して感じたのは、「ヘブンズテーブルの活動全部に、この『シアワセな気持ちになってもらいたい』という気持ちが満ちているのだ」ということ。それは自分たちだけじゃなくて“相手”がいて初めて叶う目標。それを掲げ続けている彼らだから、きっといつも2人の周りには人の輪が絶えないのです。もうすぐ、ヘブンズテーブルがいる13回目のもみじ市がやってきます。年輪のようにたくさんの「シアワセ」を積み重ねてできた、2人のYEARSの結晶をぜひもみじ市でご覧ください。

(手紙社・本間火詩)