
【妄想工作所プロフィール】
主宰の乙幡啓子さんは、妄想工作家として、またライターとして様々な媒体で脱力系工作記事等を連載中。アトリエが手紙舎のご近所というご縁もあって今年8月に実現した展示「ナナメ ウエノ 動物園」には、乙幡さんの新旧快作が結集し斜め上すぎる妄想ワールドが展開されました。その妄想力、もとい発想力によって生み出されるプロダクトには「そうきたか……」と清々しく負けた気分を味わえること必至。もみじ市初参戦です!
https://mousou-kousaku.com/


【妄想工作所プロフィール】
主宰の乙幡啓子さんは、妄想工作家として、またライターとして様々な媒体で脱力系工作記事等を連載中。アトリエが手紙舎のご近所というご縁もあって今年8月に実現した展示「ナナメ ウエノ 動物園」には、乙幡さんの新旧快作が結集し斜め上すぎる妄想ワールドが展開されました。その妄想力、もとい発想力によって生み出されるプロダクトには「そうきたか……」と清々しく負けた気分を味わえること必至。もみじ市初参戦です!
https://mousou-kousaku.com/
もみじ市 in 神代団地,出店者紹介,ジャンル:ILLUST&DESIGN

【水縞プロフィール】
紙や布を用いた文具&雑貨のデザインを手がけるデザイナー・植木明日子さんと、吉祥寺の文具店「Sublo」の店主・村上幸さんが2006年に立ち上げた文房具ブランド。ブランド名の由来は、植木さんが好きな水玉と、村上さんが愛する縞々模様からきています。素材感を重視して作られた紙モノや、1アイテムで幾通りもの楽しみ方ができるハンコなど、文具好きによる文具好きのためのアイテムが盛りだくさん。水縞のアイテムには、定番模様をベースとした「普遍的な安心感」と、それらを自由自在に組み合わせ生み出される「新しさ」、手にした時に、自分ならどうやって使おうかな? と考えずにはいられない「わくわく」がぎゅぎゅっと詰まっています。遊び心と実用性の絶妙なバランス感に、きっとあなたも心を掴まれることでしょう。
https://mzsm.jp

【八重樫茂子プロフィール】
シンプルな織り方と色遣いで構成されながらも、ふと人が身につけていると目を留めてしまう。そんな不思議な引力を持った、八重樫茂子さんの織物。小田原にあるご自宅で、今ではもう、すっかり暮らしの一部になった大きな織り機から、毎日コツコツと作品を生み出しています。心地よいと思ったもの、日々の生活で出会った好きなもの、そんなものをイマジネーションの元にして作られる作品は、素直な気持ちがそのままに現れているのでしょうか。身につけているだけで、なんだかワクワクと心が弾むのです。これまで幅の広いストール派の私(担当:本間)でしたが、八重樫さんのマフラーに一目惚れして使い始めて以来、その使い心地にすっかりと虜になってしまいました。気まぐれに現れる新作も楽しみの一つ。「織りって楽しい!」そんな気持ちがいっぱいに詰まった作品と、とびっきりの笑顔に会いに、ぜひブースへ足を運んでみてください。
http://attaekar.blog101.fc2.com/
もみじ市 in 神代団地,出店者紹介,ジャンル:ENTERTAINMENTetc.

【hokuriプロフィール】
西荻窪にサロンを構えるhokuri。建築を学んだというネイリスト・上間美絵さんがお客さんの話しを聞きながら、その人だけのネイルを施してくれるサロンです。初めてhokuriのネイルを見たとき、自分自身を心地よくする為に、自分自身が嬉しいと思う為に爪を美しくしてもいいんだよ、そう言ってもらえたようで、福々とした気持ちになったことを鮮明に覚えています。部屋に花をいけるように、いい匂いの布団で眠るように、美しい爪を携えて暮らす。自分自身が心地よく生きる為に。なんて素敵なんだろう。自分の体で唯一じっくりと観ることができて、自由に触れることができる爪。指先を美しくすることをもっと身近にしてほしい、という想いのもと生まれたというネイルシールも、バリエーション豊かに制作・販売を続けています。hokuriのネイルで「ホクリ」と幸せな気持ちを体験してみてくださいね。
http://hokuri.jp

【結城琴乃プロフィール】
高知県在住。木を焦がして描く“焦がし絵”という手法や細い針金を駆使して、家や鳥、植物などさまざまなモチーフを独自の世界観でつくりあげるクラフト作家。木に塗装を施した上から焦がしつけたり、カッターで細く模様が描かれた作品は、存在のムラや曖昧さが味わい深く表現されています。一方、細い針金で生み出される作品は、存在の輪郭のみをふっと浮かび上がらせるように儚く繊細。「存在するもの」と「存在しないもの」の間にいるような結城さんの作品たちは、シンとした静寂をたたえ、その美しさに思わず息を飲んでしまうことでしょう。まるで別世界に迷い込んだように幻想的な結城さんの世界を、そっとのぞいてみませんか。
https://kotono1218.exblog.jp
【結城琴乃の年表・YEARS】
【結城琴乃さんインタビュー】
儚く美しく、“シン”とした独特の世界に連れて行ってもらえるような結城琴乃さんの作品は、儚いけれど、一貫した世界観で見る人を惹き込む強さがあります。そんな作品を作る結城さん、実は昔は「雑貨屋」になりたかったのだとか。クラフト作家の道を歩むこととなった結城さんの足跡を、一緒に辿ってみましょう。
幼いころからもの作りが好きだった
ーーーもともと子どもの頃から絵を描くことや、“もの作り”がお好きだったのですね。
結城:はい、すごく昔のことなんですが、まだ自分では絵が描けないくらい幼かった頃、絵が上手だった母に「この絵描いて!」と絵本を指差してイラストを描いてもらっていました。それに私が塗り絵のように色をつける、みたいな遊びがすごく好きだった記憶があって。今思えば、絵を描くということに興味を持ったのはその頃からかもしれません。それから自分でも絵が描けるようになったら、さらに楽しくて。
ーーー絵もさることながら、つまようじで滑り台を作ったりと、もの作りにおける発想力もすごいですね。
結城:わざわざ材料を買ってきて何かを作るというより、つまようじみたいに普段から身近にあるものを使って何かを作る、ということが好きでした。目についたものがあると、「これで何か作れないかな」と考えたり。今でもその感覚は変わっていなくて、作品は身近にあるようなもので作っています。家のオブジェとかも、棚を作った時の端材を使って「何か作れないかしら」と考えたのが始まりでした。
ーーー子どもの頃からたくさん“もの作り”をされてきたとのことですが、美術系の学校へは行かず、独学だったんですよね。
結城:はい、自分の作品を人に修正されたりするのがどうしても苦手、というか嫌で。全部自分で考えて、全部自分で作るのが好きなので、人に教えられるのは向かないなと思い、学校には行きませんでした。
雑貨屋さんになりたくて
ーーー大人になってすぐ作家活動をされていたのではなく、別のお仕事をされていたのですか?
結城:社会人になりたての頃は、パン屋さんで事務仕事をやったり、雑貨屋さんで働いていました。
ーーー雑貨屋さんをされていたこともあるのですね!
結城:そうなんです。勤めていた雑貨屋さんはオーナーが買い付けてきたものを売っている、セレクトショップのようなお店だったのですが、プレゼント用の包装をしたり、お客さんと言葉を交わしたり、雑貨屋さんとしての仕事全部がとても楽しくて! こういう仕事を続けたいなぁと思ううちに、雑貨屋さんは雑貨屋さんでも、売るものや商品棚に至るまで、“全部自分で作る雑貨屋”をやりたくなって、独立したいと思うようになりました。
ーーーすべてが手作りの雑貨屋さん! 素敵ですね。きっと夢のような空間でしょうね! 雑貨屋さんをやるために、どんな活動をされていたのでしょうか?
結城:やりたいなと思いながら結婚、出産とプライベートが忙しく、子育てが落ち着いたころから、友人と一緒に“もの作り”のイベントに出店していました。その友人も自分のお店を持ちたいと思っていた子だったので、下準備として「一緒にイベントに出て宣伝しない?」と声をかけてくれて始めたのが最初でした。
ーーーその頃はどんな作品を作られていたのですか?
結城:棚や子ども服、編み物もあったし、カラフルな小物類など、まさに“雑貨屋さんにあるもの”という感じのラインナップで作っていました。今とは全然違う感じでしたね。
クラフト作家としての独立
ーーー今の結城さんの作品を知っているだけに、意外です! “雑貨屋”からクラフト作家として独立したのはなぜでしょうか?
結城:だんだん、「作ること」と「お店をすること」の両立が難しいなと感じるようになったんですよね。私のイメージとしては、作品を作りながら「いらっしゃーい!」と接客できるような雑貨屋さんを作ろうと思っていたんですが、作っている途中で電話が鳴ったり、中断しなければならないことが起きるのがどうしても苦手で。そうなると、子供も育てているし、作品を作って、販売して、と考えると時間がないと思って。どっちかに絞ろうと考えた時、やっぱり作る方が好きだなと思って、「作家になろう」と独立を決めました。

ーーー焦がし絵や針金を使用した、結城さんの儚く美しい作風は、作家として独立することになった時から確立していたのでしょうか?
結城:そうですね。もともと雑貨屋として作っていた時のものは今は1個も出していないですし、作るものの意識も変わったんです。
ーーー作るものの意識、と言いますと?
結城:雑貨屋の時は、子供用の服やスタイ、ハンカチなど、カラフルでプレゼントにも選んでもらえるような、“たくさんの人に喜んでもらえるための作品作り”をしていました。作家としてやるなら、“自分が作りたいと思う作品作り”をして、買っていただけるようにしていこう、と考えたんです。私は“儚いもの”や“色がないもの”、“あるかないかわからないようなもの”などが好きなので、突き詰めていくと今のような作風になりました。

ーーーなるほど、どういうところを目指して作品作りをするのか、というコンセプトの部分が変わったのですね。棚作りから裁縫まで幅広くこなせる結城さんですが、木や針金を使った作品へと決めたのはどうしてですか?
結城:針金も木片も、棚などを作った端材として目の前にありました。子どもの頃みたいに「目の前のこれで何か作れないかな、好きなものが作りたいな」と思って、その時に、花や家などが思い浮かんで、というスタートでした。私が今使っている針金は、すごく細くて古いものなんですけど、はじめ家にあったのがピカピカの太い針金で、少しイメージと違うなと思っていて。父が大工をしていたので、昔から馴染みのある古い建材屋さんなどでイメージに合うものを探した末に、ぴったりのものを発見して今のような作品になりました。
ーーー選び抜かれた針金の、あの線の細さや年代ものならではの佇まいもあいまって、結城さんの作品は独特の存在感を持ち合わせているのですね。


もみじ市が繋いだ出会い
ーーーもみじ市は2015年の「紅白」から出店いただいているので、今年で5年目ですね。嬉しかったことや、印象的だった思い出などはありますか?
結城:毎年来てくださるお客さんがいらっしゃることは、やっぱりとても嬉しいですね。いつも、ものすごい時間をかけてじっくり選んでくださる方もいて。お客さん皆さんが商品を選んでいる様子を見させていただくのが楽しみなのと、毎年来てくださる方が少しずつ増えているのも嬉しいです。
ーーーもみじ市に行くと会える方、という方もたくさんいらっしゃるのですね。作家さん同士の交流などはありますか?
結城:もみじ市は他のクラフトフェアよりも交流があるなぁと思います。普段、他のクラフトフェアでは作家同士で話す機会も時間もさほどないんです。お隣同士で「おはようございます」と「お疲れ様です」の言葉を交わすくらいですかね。でも、もみじ市は打ち上げとかで、他の作家さんとお話しする機会もあって。
ーーーもみじ市がきっかけで出会った作家さんはいらっしゃいますか?
結城:同じ高知県から出店しているイラストレーターの柴田ケイコさんはもみじ市と関係がない時にもご飯を食べにいくようになりましたし、私は作っている作品のように、家の中にも色味がないものが多いのですが、柴田さんのポップで鮮やかな絵とかも飾るようになりました。今、トイレがちょっとしたギャラリーみたいになっているんですけど、柴田さんのカレンダーや、他にもmakomoさんの漫画とかがずらっと並んでるんです。もともと、他の方の作品を積極的に見る方ではないのですが、お話ししているうちに「この方も私と同じようなことを考えながら作っているんだな」、「この人がこういうものを作るんだな」と思うと愛しく感じて興味を持ったりするので、そう考えると、もみじ市に出てだいぶ色々と変わりましたね。
ーーーすごく色の濃い空間で、楽しいトイレですね! もみじ市がきっかけでそんなふうに作家さん同士も繋がっていただいているなんて、とても嬉しいです。本日はいろいろなお話をありがとうございました!
《インタビューを終えて》
インタビューを通し、「全部自分でやりたいんです」と真っ直ぐに作品作りに向き合う結城さんの言葉が印象的でした。話す口調も柔らかで、作品が纏う空気も繊細なものではありますが、結城さんの中に広がる世界を表現するために、どこまでもストイックで、一切の妥協を許さない作家魂に終始圧倒されました。その魂があるからこそ、わたしたちは結城さんの作り出す世界に何度だって魅了され、会いに行きたくなってしまうのでしょう。
(手紙社 高橋美穂)

【マエガミマールコプロフィール】
代官山のアパートメントの一室にサロンを構える美容室「マールコ」。鮮やかに息づくたくさんの植物とクールなヴィジュアルブック、質のよいアンティークな調度を背に、店主の大門しょうたさんは「いつ訪れても印象の変わらない、ほっとする場所でありたい」と話す。そう、ここは髪だけでなく、心のありかまで自分らしい位置に導き整えてくれるアトリエ、なのだ。もみじ市では、“前髪をつくる”専門店をオープン。梳かれた前髪で開けた視界からのぞく世界は、日常でありながらいつもよりすこし美しく、そっと輝いて見えるはず。
http://marco-salon.ciao.jp
【マエガミマールコの年表・YEARS】
【マエガミマールコインタビュー】
想い馳せれば、目の前にある日常とは、見切れるほどずっと先まで脈々と続くタイトロープの上に在る奇蹟であり、連続性のある驚異の集積にしか過ぎないのだろう。彼の行く先に姿を現してきた4つもの大きな分水嶺は、その都度それぞれが大きな爪痕を文字通り彼の内外にくっきりと残しながらも、あくまでも通りすがりのサヴァイヴの一つずつで在らんとする。もちろん、対峙したときの自身に訪れた蒼惶たるや言語に絶するが、そうは思わせぬ凛乎(りんこ)たる眼差しは、彼がその手で掴んできたリアリズムの美学を宿した気高くも柔らかな光を今日もまた、悠然と放っている。
大人として成熟していかなきゃいけないタイミングなんですけれど、責任感やそれに見合う技術がともなわないというか。そんな完全に心と身体のバランスを崩した時期があって
「ぼく、めっちゃ転機あるんですけれど大丈夫ですか?(笑)」そう口火を切ってくれた彼から飛び出してきたのは、はたして冒頭から眩暈を覚えるほど波乱に満ちた起承転結のスクリプト、だった。
「大阪の専門学校を出て、心斎橋の美容室で3年弱くらい働かせてもらって。で、もっといろいろな経験をしたいって想いが強くなって、思い切って上京して。これが自分にとって一つ目の転機。それから原宿のサロンに所属して、6年半ぐらい勤めるんですけれど、そこで大きな壁にぶち当たってしまって。入ったときには10人ちょっとくらいしか所属していない小さなところだったのが、そのころには90人くらいの規模になっていて。組織が大きくなっていく過程と自分の成長が、まったく追いつかなくなっちゃったんです。決まりごとも増えてきたりして、大人として成熟していかなきゃいけないタイミングなんですけれど、責任感やそれに見合う技術がともなわないというか。そこで完全に心と身体のバランスを崩して。これが二つ目かな。今でこそこんなふうに人に話せるようになったけれど、いうたら抜け殻、でしたよね(笑)」
当たり前にしてきたことが当たり前にできない、自分への不甲斐なさへの憤りがありましたね
ここまでを第一期と定義するならば、こののちに彼を襲うさらに二つの転機は、第二期などと早計に口にするのもはばかれる、いわば天変地異に等しいレヴェレーション(啓示)である。
「結局、そのサロンを離れてフリーランスになるんですけれど、3年くらい経ったころ自宅のアパートが火事になって(笑)。向かいの部屋からのもらい火で、自分の部屋も全焼しちゃって。面貸し(予約が入ったときだけ鏡を借りてカットを手掛けるスタイル)でお世話になっているサロンに仕事道具一式は置かせてもらっていたから、どうにか仕事はできたものの、ほんとうに身一つというか。人って今までのものがすべて燃えて失くなると、モノへの執着がなくなるもので。買おうか迷っても『ほんまに要る?どうせ燃えるしなあ』って(笑)。必要なものだけあればいいな、と。で、今度は自分の店を持ってから4年、すこし慣れてきて気も弛んでたんでしょうね、その年の仕事を納めて友人のお店で打ち上げて、帰り道の電信柱に自転車で正面から突っ込んで(笑)。顔を27針縫って歯を4本折って、そのうち2本は壊死して、商売道具の手を折って。2ヶ月休業する羽目になったんですけれど、とにかくお客さんに申し訳ない、仕事ができない、っていうのがいちばん堪えましたよね。当たり前のようにしてきたことが当たり前にできない、自分の不甲斐なさへの憤りというか」
一人でやっているとチャンスはいつも一回きりだから。ということは、アプローチにムラがないように、いつだって整っていないといけないわけで
そんな数奇な運命をたどりながらも彼が獲得したのは、だからこそ気づくことができた自分自身の整え方でありバランスである、という事実は、「マールコ」という彼自身のブランドの根底に深く根ざすフィロソフィーにとって、あまりにも大きい。
「でも、火災も事故もものすごく大きな転機だったはずなんですけれど、不思議と必要以上に引きずりはしなかったんですよね。振り返ってみれば、上京したりサロンを離れたときはやっぱり考え方が稚拙だったし、調子に乗っていたんだと思うし。スタッフがいればフォローしてもらえたりもするし、お店のブランドがカバーしてくれるんだろうけれど、一人でやっているとチャンスはいつも一回きりだから。ということは、アプローチにムラがないように、いつだって整っていないといけないわけで。とどのつまりは、待ちの仕事じゃないですか? お客さんに選んでもらえないとなにもはじまらないわけで。それには自分の持っているものをすべて武器にするしかないし。やればやるほど、それに尽きるなと」
<いつ訪れても印象の変わらない、ほっとする場所>であり続けるために――「マールコ」の日常は、片時も寸断されず研鑽され続ける彼の奇蹟のごとき意識の軌跡に、静謐にそして確かに支えられている。そう、今日もこれからも。
《インタビューを終えて》
「プライベートでは近い距離の人が年下の場合が多くて。選んでいるわけじゃないんだけれど、なんとなくフィーリングが合うというか」と取材後に何気なく話してくれた彼だが、まさしくさもありなん。仕事だけにとどまらぬ、すべての日常において<いつ訪れても印象の変わらない、ほっとする場所>を体現する、そんなあたたかな日差しのような生き様に、世代を超えて惹かれるのは想像に難くない。そしてもちろん、筆者もその一人であり。
(手紙社 藤井道郎)

【ユーリ白樺かごプロフィール】
白樺へ深い敬意を抱き、樹皮を自ら採取するところから、かごにするまでのすべてを1人で手がける。そのきっかけは、1995年の夏、北欧の地で出会った白樺の物語。樹齢何百年という木の世界において、白樺の命は70年ほどと短く儚い。それでも厳しい荒地に真っ先に根付き、強く生き抜く姿に深く惚れ込んだ。今日もユーリさんは、白樺の生き方に憧れ、その白樺の魅力を多くの人に伝えたいという一心で、かごを編んでいる。ひとつ手に取ると、心をすっと清めてくれるような心地良さと、力強い生命力が感じられるのは、ユーリさんの白樺に対する純粋な想いが込められているからなのでしょう。
http://juliwebsite.wixsite.com/juli
Instagram:@julikago

【夜長堂プロフィール】
大阪の天満橋の駅を降り、ゆるやかに流れる大川を眺めながら歩くこと7分。レトロビルの2階に店を構えるのが夜長堂だ。ひとたび足を踏み入れれば、外のオフィス街とは別世界に彷徨いこんだような不思議な空気が漂う。店内には、店主・井上タツ子さんが集めた古道具や郷土玩具、自らプロデュースしたモダンな図柄のペーパーやレターセット、オリジナル雑貨が並ぶ。“大正モダン”、“昭和レトロ”……。それぞれの時代を象徴する当時最先端のデザインを復刻し、現代的な要素を新たに加え紹介します。
http://www.yonagadou.com/
もみじ市 in 神代団地,ジャンル:ENTERTAINMENTetc.

【まるばやしさわこ】
造形作家であり、Eテレなどの工作番組や、ベネッセの工作あそび監修をはじめ、幼児雑誌の付録アイデアプランナーや自身の工作をまとめた『はじめてのこうさく』(ポプラ社)の出版など、雑誌に書籍にテレビにと数多くの媒体で作る楽しさを広めている、造形の伝道師。木工ユニット「丸林さんち」としても活動し、身の回りのものをあっという間に作り出してしまう作りのプロフェッショナルです。工作ショーや造形教室では、道具を巧みに使い魔法のようにわくわくするものを生み出し、こどもたちのキラキラした笑顔が溢れています。作ることの楽しさを思い出させてくれるさわこさんの工作は、大人も夢中になってしまうはずですよ。
10月の21日から一週間、Eテレ「まいにちスクスク」にテレビ出演。
https://ameblo.jp/sawakomarubayashi/
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【liirプロフィール】
ガラスの器や花器、アクセサリーなどを手がける、liir・森谷和輝さんの作品に初めて出会ったのは、ちょうど3年前。もみじ市の新たな出店者を決めるため、スタッフが持っていた一輪挿しを拝見した時でした。四角とも楕円とも異なる不思議な形をしたガラスには、小さな気泡がたくさん入っていて涼しげな印象。そのまま飾っても絵になる美しさを湛えながらも、挿した花の邪魔にならず、その魅力を十二分にひきだす作品に、思わず目が釘付けになりました。澄みきったガラスに淡く色づいたガラス、技法の違いによって見せる様々な表情も、彼の作品が人々の心を捉えて離さない理由のひとつかもしれません。
http://www.liir1116.com/
Instagram:@liir1116
【商品カタログ予習帳】