【いもの道具 みちくさプロフィール】
「いもの道具 みちくさ」は、2002年に活動を開始した、三枝一将さんと巽水幸さんご夫婦によるユニットです。茨城県取手市にアトリエを構え、青銅の蝋型による花入れやオブジェなどの鋳物作品を制作。緑青の微妙な色の変化を操って造られる代表的な花入れのシリーズは、絵のように佇む扁平なシルエットが美しく、奥行きの短い窓辺に飾って楽しむこともできます。鋳物の豊かな質感を、暮らしの中でより身近に感じてもらえるように考え抜かれた作品は、おふたりの想いの結晶です。屋外イベントで見られる貴重な機会をお見逃しなく。
https://imonomichikusa.jimdo.com/
【いもの道具 みちくさの年表・YEARS】
【いもの道具 みちくさインタビュー】
「おじゃまします」ふと顔をあげると、そこには数々の鋳物作品が。玄関には鋳物の表札が掲げられ、テーブルには鋳物の花入れがありました。今までの鋳物のイメージを180度変えてくれるような、「いもの道具 みちくさ」の暮らしに溶け込む作品の数々。作品が生まれた背景や、そこに注ぐ三枝一将さんと巽水幸さんご夫婦の想いを、担当・永井が伺ってきました。
現代美術から生活工芸としての鋳物へ
ーーー「いもの道具 みちくさ」として活動する前は、それぞれまったく別の活動をしていたのですか?
水幸 :一将とは、大学の鋳金研究室で一緒だったのですが、それぞれまったく別の世界観を持って過ごしました。当然ながらこの頃は、結婚して一緒に活動するなんて思ってもいなかったですし、当時私たちの周りではユニットで活動するということもあまり前例がありませんでした。
ーーーそうだったんですね。鋳金を学んだ大学時代はどんな毎日でしたか?
水幸 :今は電気炉もありますが、当時はそれも無かったので、私たちは毎回みんなで地面を平らにならすことから始め、ブロックを積んで、瓦を乗せて、屋根を作って、窯を立てていました。大きな鋳型を作る時や窯立て、吹き(鋳込み)はみんなで手伝いあいながら作る環境で、共同作業も勉強の一環でした。型によっては薪をくべて温度計を見ながら徹夜で焚くこともありましたよ。
ーーー徹夜! 夜通しの作業するなんて、本当に体力勝負の毎日ですね。
水幸 :はい。でも土まみれで制作したこの日々は、自然と自分の中にいろいろな感覚を残してくれたと思います。
ーーーみちくさを始める前は、今と同じような作品が多いですか?
一将 :お互い、今みちくさで作っているようなものは作っていませんでした。僕は、鋳造のオブジェを配置するインスタレーションのようなことをしていましたし、発表の場は現代美術のギャラリーでした。
水幸 :私は原型を作る素材として“蝋”を扱うことが好きで、大きな作品を作っていました。様々な想いを形として表現するのはオブジェのような立体の作品で、“使えるもの”ではなかったですね。作品を暮らしと結びつけて考えることは、このときは難しいことでした。
ーーー今の作風とは2人とも全然ちがったのですね。
一将 :そうですね。今でもお互いの個人としての表現活動は大切にしています。みちくさは、もうひとつ別の視点で、2人でこそできる表現でしょうか。
ーーー生活工芸にあまり結びつきにくい鋳物ですが、生活工芸としての鋳物を作り始めようとなったきっかけはありましたか?
水幸 :結婚して2人で稲城市の古家に住み始めたときですね。2人の趣味だった骨董市巡りで食器や家具を揃え始めたんですが、そのうちに自分たちの作品がその空間の中で、すごく調和しているように感じたんです。その頃から「暮らしの中に、もっと身近に鋳物が取り入れられるんじゃないか」と思いました。
ーーー稲城市の古家はどんなお家だったんですか?
水幸 :実は、雑誌に掲載されていて……(笑)。
『季刊チルチンびと 41号』(風土社)
ーーーわあ!素敵なお家。
一将 :アトリエ兼住宅として、自分たちで改装した家なんです。初めは家の土台を持ち上げて改装するほどの古家で本当に大変でしたよ。でも、アトリエとして作る場所も欲しかったので。なんでも実験ができるような家でした。こう置いたらかわいいなとか、本当にいろいろ試せるお家だったんです。そういう実験のなかで、今メインで制作している花入れの扁平な形も見つけました。
ーーー稲城の家での暮らしから、みちくさが誕生したのですね。「いもの道具 みちくさ」の名前の由来は?
水幸 :そこらへんに生えている道端の草でも、猫じゃらしでも、1本挿すだけで様になるものが作りたいと思ったんです。
一将 :自分の制作とは一線を引いて、気を負わずに、ぐっとラフに制作できる場となるようにっていう思いもあります。なんていうか、もう1本自由なところ、気楽にのびのびと作れる場でありたかった。
ーーー素敵な由来ですね。みちくさの作品として生活工芸を扱うようになったのには、どんな思いが?
水幸 :私達が思う鋳物の魅力は、ずっしりと重く、表情や色合いが複雑で、金属なのに温かみがあることです。鋳物の豊かな質感をより多くの人に感じて欲しいと思って、暮らしの中で使えるものを作りたいという考えにいたりました。
“みちくさ”らしさ
ーーー2人で活動にするようになって、仕事の分け方はどうされているんですか?
水幸 :「2人でどう作業を分担して作っているの」ってみんなによく聞かれるんですけど、分業ではなく本当に混ぜこぜで作っているんです。
一将 :そう、混ぜこぜでいいから、みちくさらしいものが作れればいいなと思っています。
水幸 :例えばですけど、私が「取っ手の形がうまくピンとこない」と相談して、そこらへんに置いておくと、いつのまにかそこに一将が取っ手をつけてくれていたり。
ーーーすごい、自分の知らぬ間にいい感じについているなんて魔法みたいですね(笑)。1人じゃうまくいかないことも、もう1人いることで完成するってすごくいい関係。
一将 :ユニットとして作品を制作して、イメージやクオリティを共有するということは新しい試みでしたが、うまくやってこれていますね。結婚して、みちくさを始めたことは、お互いにとって転機でした。
ーーーちなみに揉めたりはしないんですか?
一将 :全然しますよ(笑)。お互い全然ちがうタイプなので。
水幸 :一将は丁寧で繊細なタイプ。私はざーっと勢いよくいきたいタイプなんです。
ーーーそうなんですね。でも、お互いちがうタイプだからこそ補い合えそう。みちくさの作品作りで大事にしていることはなんですか?
水幸 :まずシルエットですね。シルエットを重要視しているから、蝋板をドローイングするように切り抜いて形を作っています。
蝋板から切り出して形成された状態のもの
ーーーたしかに、この花入れもシルエットが美しいです。
水幸 :数ミリちがうだけで結構イメージが変わるんですよ。
ーーー納得のいく作品ができるまで、とても時間がかかりそうですね。
水幸 :デザインをちゃんと決めて、型で蝋を抜いて、量産できるようにすれば時間もここまでかからずに作れるんだろうけど、なんでなんだろう……(笑)。量産しようとは思わないんですよね。
一将 :やっぱり作ることがただの作業になるのはつまらないからじゃないかな? 原型がなく、その場その場で1点ずつ造形することで、全てが違うニュアンスになるのが、やっぱり作っていて楽しいんだと思います。
ーーー鋳物の味わい深い表情や、この綺麗な色はどうやってだしているのですか?
一将 :この独特の表情は蝋の表面を熱で溶かしたり、荒らしたりして引き出すんです。色は、基本的には「ブロンズを温めながら刷毛で薬品をつける→乾かす→水拭きをする」ということを何度も繰り返してつけていきます。ブロンズは銅が主成分の合金なので、表面を薬品で酸化させて銅の錆である緑青へ反応させるんです。でもその反応の仕方は環境によって様々で、とってもデリケート。
水幸 :どこで終わりにするかという判断もすごく難しいんですよ。思いがけず綺麗な色が初めから出る場合もあれば、何日もかけて塗り重ねていくこともあります。時には完成したと思っても、納得いかず全部最初からやり直すこともあるんです。
一将 :個展へ持って行って、1日中見ているとちがうな〜って思えてくることもあるもんね。
水幸 :そうなんです。そういうときは、持って帰ってきてから色直しをすることもあります。
ーーーこれ以上やめておくか、もうひと塗りするか、すごく迷いそう。
水幸 :止めぎわが本当に難しいんです……。でも夢中になりますよ! やり過ぎたら元に戻れないので、迷ったときにはいったん放っておきます。みちくさの緑青は、形、表情、色合いがいい感じに調和するまで、なるべく時間をかけて眺めながら色つけすることを基本にしているんです。
ーーー眺めてみて、「これだ!」って思えたときは、すごく愛着も湧きそうです。
水幸 :そうですね。それともうひとつ、着色の大事な要素があるんです。
ーーーどんなことですか?
水幸 :季節や天気、日中と夜間の気温差などの色をつけるときの環境です。これらは美しい色を出してくれるきっかけになります。快晴の日に太陽の光をブロンズに当てながら色をつけてみたり、逆に冬で陽の光が弱いところでやってみたり。雨で湿気が多い日と空気が乾燥している日を比べても、緑青の色合いには反応のちがいがあって、少しずつちがう色合いに変化していきます。
ーーー自然が作りだす色味なんですね。
水幸 :はい。なので、全く同じものっていうのは作れないんです。でもこれが魅力で、みちくさの一番の特徴でもあると思っています。
ーーーお話を聞いて、この微妙な色のちがいにますます魅力を感じました!
イタリア研修
ーーーイタリアに行ったのは何かきっかけがあったのですか?
一将 :文化庁から渡航費と滞在費の支援を受けて研修できる、海外派遣制度に応募したんです。その制度を受けて、1年間、水幸とイタリアで暮らしました。イタリアはブロンズの彫刻の巨匠が何人もいる、鋳造のメッカのひとつでした。カッラーラは大理石の産地で、作品を制作しながら、現地の鋳造工房を訪ねて調査・研究の毎日です。本当に夢のような1年間でした。
ーーーイタリアでの生活はどうでしたか?
一将 :時間を超えた多くの美しい物を観ることができました。フレスコ画には圧倒されましたね。
水幸 :古い教会に入れば、必ずフレスコ画や装飾彫刻があるんです。有名な人のものではない、名もなき作家のものでも、暗い中で目を凝らして眺める時間が、ただただ楽しくて見るたび感動していました。
ーーーイタリアで経験したことや見たものは、これからの作品づくりにも影響しそうですか?
一将 :今はまだないですが、これからみちくさの作品にも影響が出てくると思います。いつまでも眺めていられるような世界観のあるもの、印象深い存在感を作りたいです。
水幸 :教会の鐘のレリーフとか、すごく可愛くて素敵だったんだけど、作品に落とし込めるほどまだ消化しきれてないのが現状です。こてこてになっちゃうから、みちくさの作品にはなかなか盛り込めないんですよね。みちくさの作品じゃなく、自分の作品だったら影響されている部分があるかもしれないけど。何かこれからの制作活動でうまく盛り込めていけたらいいなと思います。
ーーー今新たに挑戦していることはありますか?
水幸 :表札や鋳物の文字のオーダーを受け付けようかなと思っています。今、「手紙社」って文字も切り出してみたところでした。
ーーー素敵ですね!
水幸 :鋳物なので色が変わることもあるんですけど、その自然な色の変化を楽しんでくれているお客さまもいます。お店の看板や家の表札として、鋳物を生活に取り入れてくれたら嬉しいです。もみじ市にも見本をお持ちしますね!
ーーーもみじ市に来る方に向けてメッセージがあれば、お願いします!
水幸 :ブロンズの鋳物を実際に手に持って、重みを感じながら色合いや肌合いを感じていただければと思います。写真や画像ではわからない、そのものに触れていただける機会を楽しみにしています!
《インタビューを終えて》
私もそうであったように、普段鋳物に触れる機会がなかった人にこそ触れてほしい「いもの道具 みちくさ」の作品。手にとって初めて感じる、ずっしりっとした鋳物の重みや、その日の天気、庭のアトリエに差し込む太陽の光の具合によって変化する色合いは、まるで生きているかのよう。ひとつとして同じものがない鋳物との出会いに、きっと特別な感情も湧いてくるはず。眺めるだけで美しい“作品”であり、暮らしに彩りを添える“道具”という言葉もしっくりくる、みちくさの鋳物を、ぜひ手にとってご覧いただきたいです。
(手紙社 永井里実)