夜長堂「いとし紙店」

「夜明けています」

その奇妙な看板を見つけたら、「姿は見えねど」がモットーの夜長堂の店主が、珍しく店を開けているという合図。そこは、懐かしく、妖しく、だけどたまらなく愛らしい古い図柄の並ぶ店。レトロモダンな図柄を使った紙ものや布もののほか、古道具やこけし、妖怪グッズなどもある。ひと月に数回ほどしか開いていないその店はまるで、子どものころ、暗くなるまで遊んでいるうちに迷い込んだ、見知らぬ町の玩具店のようだ。

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では、店を開けていないとき、夜長堂は何をしているのかというと、「いつなんどきも営業しております」という。夜長堂の店主・井上タツ子さんは、大正・昭和の着物や千代紙に使われていた図柄を復刻し、紙雑貨や布小物の企画・販売を行っている。大阪・天満橋にあるアトリエを兼ねた店を開けているとき以外は、展示やイベントを行ったり、出店したりと、全国津々浦々を飛び回る。さらに、古いビルや妖怪史、地方の祭や風習などの取材に赴き、執筆や編集、商品企画まで手がけるのだから驚きだ。クリエイターであり、プランナーであり、編集者であり、アキンドでもある「夜長堂」という不思議な存在。

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だけど、井上さんの心惹かれるものたちにはすべて、揺るぎない世界観がある。かわいいけれど、なんだか少し怖くて、妖しげで、覗いてみたい。初めて一人で留守番をした少女が、おばあちゃんの和箪笥をこっそり開き、着物を纏ってみるような。縁日で父親とはぐれた少年が、鳥居のそばで狐のお化けに出会うような。夜長堂の発信するものからは、そんな秘密めいた魅力がある。

「”怖さ”とか”懐かしさ”って、実際に見たから感じるんじゃなくて、自分の中にあるんです。昔の図柄や、妖怪やこけしって、そういう内側にある恐怖や郷愁を呼び起こす。トントンって扉をノックされるような、そんな気がして」

井上さんのその言葉を聞いて、ハッとした。子どものころ、夜のお風呂で一人、髪を洗うのが怖かった。そんな経験は誰にもあるだろう。わたしたちは、”見たこともないもの”に怯えているのだ。逆にいえば、なんて、人間の心は繊細で想像力豊かなのだろう。

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井上さんが昔の図柄に惹かれる理由はもう一つある。

「情報のない時代、見たことがないものを想像だけで描き上げている。その発想の豊かさ、自由さ。そして、”作家”としてではなく、生きるため、食べていくためにものづくりをしていた人たちの、純粋さ。今見るとすごく新鮮なんです」

現代に生きるわたしたちなら、本物の象を見たことがなくても、象がどんな生き物かわかるだろう。本やテレビはもちろん、今やインターネットで画像検索すれば簡単に写真を探せる時代。だけど、それらがなかった時代に、異国の動物や植物、さまざまな意匠を描いた人がいる。想像力を駆使して、時にユーモラスに、時にロマンチックに。彼らは”作家”として讃えられることはない。着物や千代紙を作ることで、生活の糧を得ていた名もなき人たち。けれど、何の情報にも頼らないその想像力こそ、わたしたちの心の奥底にある「見えないものを見る力」なのだ。

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だが、井上さんは「古き良きものに光を当てる」などといった定型句の使命感にかられて、古い図柄を復刻しているわけではない。井上さんもまた、「作家」と名乗るよりも、かつての意匠に想いを巡らせ、その時代とその時代を生きた人々の心模様を想像する人だ。

「実は、他人の描いた絵で商売をすることに罪悪感を感じたこともありました。でも、『乙女モダン図案帖』という著書を発行したことで、記録されることのなかったものが一冊にまとまり、国内はもちろん海外の人たちにも、日本の古い図柄の魅力を知ってもらうことができた。これって、今の時代にしかできなかったことですよね」

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約100年前の無名の職人が、その本を見たらどんなに驚くだろう。もちろん、過去も未来もわたしたちは見ることはできない。だけど、見えないものに想像を巡らせるのは自由だ。恋心、郷愁、滑稽さ、愚かしさ、おっかなさ、そして愛しさ。夜長堂の図案には、100年前から変わらない人間の心模様が、想像力たっぷりに描かれている。それらはきっと、手に取った人の心の扉も、トントンとノックするはずだ。多摩川河川敷で2日間だけ現れる、夜長堂の「いとし紙店」。どうぞ、ごひいきに。

【夜長堂 井上タツ子さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
大正、昭和のモダンな図柄を復刻して紙ものやハンカチなど様々な雑貨の企画、販売、卸をしています。その他、こけしや郷土玩具の紹介や、ビル好きの仲間5人とともにBMC(ビルマニアカフェ)として、高度経済成長期に建設されたビルの魅力を紹介する「月刊ビル」や「いいビルの写真集」などの発行、もとキャバレーなどを会場にイベントを開催したりと、多方面で活動しています。こんな感じで自分が好きなものを追いかける事が仕事のような毎日を送っています。 好きなものを追いかける事は決して楽ではないですがとにかく気合いで何でも乗り越えています。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
クレヨンのカラフルな色を使って色を塗り、その上から黒色を重ねます。 黒を削ると下からカラフルな色が出てきます。その時出てくる虹色みたいな色。

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
「カラフル」というテーマに夜長堂的ニッポンのおみやげもの屋さん要素を加え、カワイイ妖怪グッズや張り子やこけしなど謎の品揃えです。お楽しみに!

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

続いてご紹介するのは、四季折々の素材を使ってさまざまな酵母をおこすパン屋さん。その数年間50種類! もみじ市にはどんなパンを持ってきてくれるのでしょうか。

文●増田 知沙