まだ蝉の鳴き声の止まぬ残暑のころ、栃木県益子町にある、陶芸家・石川若彦さんの工房「waka studio」を訪ねた。秋葉原から早朝の高速バス、やきものライナーに乗って2時間半。夏休みの終わりに、一人で小さな遠足に出かける子どものような気分だった。ワクワクするけど、緊張する。うつわが好きでさまざまな作家のものを少しずつ集めてはいるけれど、まだまだ知識も見聞も足りない。尊敬する作家を前に、うまく話ができるだろうか。
工房は、木漏れ日がさんさんと降り注ぐ林の中にあった。入り口には白い看板。木立を抜けると、小さなギャラリーと作業場がふたつ並んで建っている。ギャラリーの窓辺には、石川さんのシンプルなうつわが並んでいる。作業場の奥から、トレードマークの眼鏡に手ぬぐいを巻いた石川さんが作業の手を止め、「やあ、こんにちは」と出迎えてくれた。その隣で、ニコニコと笑う奥さまの綾子さん。「ああ、ここで、若さんのうつわが作られているのだ」と思った。益子の緑も、小さな白い看板やギャラリーも、蝉の声も土の匂いも、石川若彦さんのうつわから感じる空気そのものだった。
シンプルで、凛としていて、だけど温かみがある。若さんのうつわは、何気ないのに美しい。テーブルに置くと、ボウルの底からすっと立ち上がる直線や、小さな一輪差しの柔らかな曲線が描き出す輪郭が、清々しく空間に溶け込む。とりわけ、わたしの一番のお気に入りは若さんの作る「白」。白銀のような冷たさではなく、生成りのようなくすみもない、包み込まれるような柔らかい白。この白色の魔法にかかれば、どんな料理もとびきりおいしく彩られる。
「うつわは、これから色が描かれていく画用紙のようなものだから、盛りつける料理が映える形や色を考えて作ってる。それに、白だって一つの色だからね」
作業場で素焼きの終わったうつわに釉薬を掛けながら、若さんはそう答えた。若さんの作るうつわの色は、質感の違う白が数種類と深みのあるグリーン。どれも料理や飲み物が映える色だ。
「創作をはじめたころは、具象的なものや絵付けの作品も作っていたんだよ。だけどだんだん、『使うこと』を考えるようになった。作品に自我を表現するのではなくて、使われることによって完成するような形を」
とはいえ、シンプルであり続けるということには、途方もない労力と勇気が必要なのだと思う。個性的な形を作ったり、装飾や色を施す方が、表現の手段としてははるかに易しい。でも、ただ単純で素っ気ないものを作っていても、テーブルの空気まで澄み渡らせるような心地よさは生まれない。
一晩中窯の前を離れることができない「本焼き」をしている間、若さんはデッサンを繰り返すのだと言う。自分の左手や、身近にあるものを描くこともあれば、さまざまなうつわのフォルムを繰り返し描いていく。それは、とても孤独な時間だろうけれど、それこそが若さんの創造の原点のようにも思える。端正な輪郭と、包み込むような色、そして使うたびに心を晴れやかにしてくれるうつわは、こうして生まれている。こんなにも手と時間がかけられているのに、そのうつわがテーブルに並ぶとき、その姿はとても自然で気持ちが良い。
土の匂いのする工房で、たくさんの制作途中のうつわに囲まれながら話をするうちに、わたしはいつの間にか石川さんのことを「若さん」と呼んでいた。親しい人たちの間でそう呼ばれていることは知っていたけれど、遠慮と緊張で呼べなかった。だけど、若さんと綾子さんとの会話は、まるでずっと昔からの友人ように自然体で、飾らず、温かかった。バスに乗り込んだときのあの緊張は、するするとほどけていった。若さんのうつわが生み出す、あの柔らかく澄んだ空気感と、当たり前のようにそばに居てくれる存在感。それは、若さんと綾子さんの人柄そのものだ。
さりげなくて、何気なくて、多くを語らない。だけど、どんなものでも受け止める懐の深さと、優しさを併せ持つもの。心躍る豊かな色彩の傍らに、わたしたちの暮らしには、そういうものが必要なのだと思う。そしてそれは、どんな色の日々にもずっと寄り添ってくれる。もみじ市で、石川若彦さんの「カラフル」を、ぜひ手にとって見てください。
【石川若彦さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
益子で物作り暮らしも23年、waka studio石川若彦です。
Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
カラフルが映える「白」です。
Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
どんなカラフルにも合うシンプルな器です。あとは、当日のお楽しみでよろしくです。
Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!
さて、続いて、ご紹介するのはイラストレーターであり、人形作家のあの人。カラフルな小人が多摩川河川敷に大集合!
文●増田 知沙