「キタジマさん、あのとき、怒ってませんでした?」
イシイリョウコさんが言う“あのとき”とは、いまから8年前の、あのときだ。
水玉の少女。こんな子がそばいにいたら、毎日はきっと幸せ。
頭の“彼”は、取り外し可能
当時ぼくは「カメラ日和」という雑誌を立ち上げたばかりで、そのなかで写真を使った雑貨を作ってくれる作家さんを探していた。そして、イシイさんにファーストコンタクトをとったわけだ。今考えてみると、イシイさんに写真ありきの雑貨制作を依頼するのは失礼も甚だしいのだけれど、とにかく、イシイさんと何か仕事をしたかった。イシイリョウコという人に会ってみたかった。言って見れば、その目的のために、自分がつくっている雑誌を利用したのだ(編集者とはそういうものなのです)。
あの頃、イシイさんの作品とその存在を知ったばかりで、初めて彼女がつくる人形を見たときに、「なんという奇妙な作品なのだ」と思った。かわいい、という要素も、ある。寂しい、という要素も、ある。しかしやはり、奇妙なのだ。ストレンジで、ミステリアスなのだ。そのオリジナリティと魅力は強烈で、この“才能”を自分の眼で見てみたい、と思った。
怒っているように見えたのは間違いなく緊張していたからで、あのころのぼくはイシイさんのような作家さんとはあまりお付き合いがなく、あれだけの才能を持った人で、あのような奇妙なものを作る人だ、いかにもアーティスト風な、気取った人だったらどうしようと、会う前からとても構えていたのだ。
しかしその期待(?)は、序盤に裏切られた。「朗らか」という言葉はこの人のためにあるのではないか。とにかく、よく、笑う。ぼくの周りにこんなに笑う人はいないのでは? と思うくらいよく笑う。だから次第にこちらも愉快になって来る。都合、みんなイシイさんのことを好きになってしまう。あんなに素敵なものを作っている人がこんなにも朗らかな人なのだ。好きにならないわけはない。
小さなトリオ。左の少女に注目。体が富士山、頭も富士山!
おめでたいにも程があります
あれから8年。今回初めてイシイさんを担当することになり(もみじ市の出店者さんひとりひとりに、事務局のスタッフが「担当」としてつきます)、手紙舎でインタビューを行った。こんなにきちんと話をしたことはこの8年の間にはなく、初めて知ることもあった。イシイさんが美大の油絵科に在籍していたこと。初めて自分の作品を売ったのは大学の学園祭で、その作品とは手描きの(!)ポストカードだったこと。一社だけ就職活動をしたこと。しかし、就職はせずに、卒業してすぐに作家活動を始めたこと。ほかにもいろんな話をする中で印象的だったのは、今ではイシイさんの代名詞ともなっている「人形」が生まれた背景。それは、大学を卒業した年の8月、初めて個展を行ったときのこと。
イシイさんの作品には珍しい、粘土でつくったミニミニブローチ。
その右はリング
「“手に持つ絵”が作れたら面白いなって。裁縫とかは苦手だったのですが、見よう見まねで人形を作って、これに絵をつけたら楽しいかもしれない、と思いました。おそるおそるギャラリーの人に、こんなの作ってみたんですけどって見せたら、面白い! と言って下さって。初めて人形を展示しました」
イシイさんは続ける。
「人形を作るという感覚とはちょっと違います。人形作家の方は他にもたくさんいますし、人形自体にはさほど興味がないんです。人形を作りたいのではないんですよね。普通の絵だったら壁に飾るだけですが、人形だったらテーブルの上に置いても良いし、天井から吊るしても良いし、鞄にもかけられる。やっぱり、手に持つ絵ですね」
つまり、イシイさんにとっては、人形は絵である、と。人形に絵をつけたかったわけではない。演出家イシイリョウコは、絵を手で持てるようにするために、人形という名の役者をキャスティングしたのだ。
今年のもみじ市の目玉。靴作家UZURAさんとのコラボ作品。
乙女ならずとも、おじさんにもたまりません。欲しすぎます
手紙舎の雑貨売り場に、「てがみバッグさん」という人形が“いる”。あるときはポストカードの棚にまぎれてさりげなく、あるときはテーブルの上で他を寄せ付けない感じで、あるときはレジの横でここが自分の居場所とでも言いたげな顔で。これは、手紙舎ができた4年前に、イシイさんがプレゼントしてくれたもので、この4年間、手紙舎を見続けてくれた人形だ。不思議なもので、彼女の瞳は、あるときは嬉しそうに見えるし、あるときは悲しそうに見える。恋のはじめの少女のような表情でもあり、伴侶を失った老婆のような表情でもある。
インタビューが終わった。階段を下りるイシイさんを見送り、事務所へ戻ろうとするとき、レジの横の壁に寄りかかっているてがみバッグさんと目が合った。しょうがない、彼女を手に取ると、その瞳は何か言いたげだ。
「イシイリョウコの作品を、君は理解できたのかな?」
理解、ね。残念ながら、ぼくはイシイさんの作品を理解できそうもないな。でも、感じることはできる。イシイさんが描く絵は、美しくて、可笑しい。優しくて、厳しい。喜びに溢れ、悲しみに満ちている。これは疑いようもない、確かな感覚だ。そしてそれは、まるで人生そのものだ。ストレンジでミステリアスなサムシングに、ぼくたちの人生は彩られているんだ。
【イシイリョウコさんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
ちくちくと手縫いで作る一点ものの人形作品や絵など、 あれこれと制作しております、イシイリョウコです。
Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
赤と紺、赤と緑、この組み合わせが不動の好きな色です。 反対色のような色合い、自分の性格もそうなのかもしれません…。
Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
元気で楽しくなれるカラフルな一点ものの人形作品や、 お出掛けのお供にして頂けたら嬉しい小さな人形のブローチなどのアクセサリー、 石粉粘土を使った作品の他、紙ものなど新作をあれこれとご覧頂ける予定です。 また、今回はなんとUZURAさんとのスペシャルなコラボをさせて頂きます! UZURAさんの素敵な靴がクオリティそのままで小さく小さくなって、 小さな人形たちの棲みかに!? もみじ市限定、数量限定の作品となりますので、ぜひぜひご覧下さいませ♪
Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!
さて、続いては、大阪よりレトロモダンな雑貨を作る彼女の登場です! 懐かしく、妖しく、だけどたまらなく愛らしい古い図柄の並ぶお店が、河川敷に開店します。
文●北島勲