SEED BAGEL&COFFEE COMPANY「ベーグルとクレープとカプチーノ」

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もみじ市を休んだこの2年間で、たくさんの人に会った。たくさんのすばらしい作品に出合い、たくさんのおいしいものに巡り合った。

だからといって、素晴しいと思ったすべての作家さんをもみじ市にお誘いしているかと言えば、そんなことはない。取材してわかった。私たちはこういう人と一緒に何かをやりたかったんだ。SEED BAGEL&COFFEE COMPANYの平野大輔さん、小川美月さんみたいな人たちと。

いくらベーグルがおいしくても、いくら店の空間が素晴しくても、それだけではきっと、声をかけることはなかっただろう。好奇心が強くて、ノリが良くって、人懐っこくて、やんちゃな少年のような平野さん、そして、それを母親のように支える美月さんに、もみじ市に来て欲しかった。もみじ市は私たちにとって、特別な場所だから。

初めてそのベーグルを食べた時、衝撃が走った。大げさに聞こえるかもしれないけれど、こんなにもっちりして弾力があり、心からおいしいと思うベーグルを食べたのは初めてかもしれない、と思った。それほどおいしかった。

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忘れもしない、いまから2年前の11月。手紙社が企画する「森のカフェフェス in ニセコ」というイベントの打合わせのため、北海道・ニセコを訪れたときのことだった。地元の方に、森のカフェフェスにお誘いするべきお勧めのカフェを伺ったところ、そのうちのひとつとして紹介されたのが、SEEDだった。

その日は急いで札幌に戻らなければならず、ベーグルだけ買って帰ることにした。ほんとうなら天井が高くて、明るい窓に囲まれたその店でゆっくりとベーグルとエスプレッソを楽しみたかったのだけれど。カウンターにずらりと並ぶ、こんがりと焼き焦げた丸くてかわいらしいベーグルのなかから、慌てていくつかを買い求める私たちを見かねて、平野さんは冷たいお水をそっと差し出してくれた。
「これ、羊蹄山の湧き水なんです。おいしいですから、お水だけでも飲んで行って下さい」
すっきりとクリアで、奥の方がかすかに甘い。それはそれは、おいしい水だった。

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そして、その帰り道に車の中で食べたベーグルが、あの衝撃的なベーグルだったのだ。

それからというもの、あのベーグルがふと食べたくなるときがある。だから、東京とニセコという遠く離れた距離にあるにも関わらず、私たちはパンを販売する機会があると、まっ先に平野さんにメールを送る。「イベントで販売させてもらえませんか?」と。平野さんは、いつでも快く「よしきた!」と言わんばかりに引き受けてくれる。次第に、私たちと平野さんの距離は、実際の距離を忘れさせてしまうほど近くなった。

森のカフェフェスの打合わせの際、ニセコに行くときは必ずSEEDに寄る。たとえ、わずかな時間しかなくても、平野さんの顔を見て「こんにちは。元気?」と言いに行く。まるで、隣町の友達に会いに行くみたいに、気軽に、ふいに。何の連絡もせずに行くから、平野さんはいつも、ビックリした様子で、少し慌てふためいた顔をして、私たちを迎えてくれる。あるとき平野さんが、手紙社の代表である北島のことを、こんなふうに表現した。「体育の先生みたい」と。
「突然、見回りにやってくるじゃないですか(笑)。だから、ちゃんとできてるかな、って緊張して、ソワソワするんですよね」
言い当てていて、なんだかおかしい。

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SEEDのベーグルは、北海道産の小麦と天然酵母が使われ、たくさんの緑から生まれた空気と、羊蹄山から発せられているであろう、地力のようなものに包まれた中でつくられている。水は羊蹄山の湧き水を使う。週に2〜3回、たくさんのタンクを持って湧き水を汲みに行く。もちろん、雨の日でも、雪の日でも。ニセコの自然の恵みを余すことなく使い尽くし、それだけでもおいしいものができそうだけれど、平野さんのベーグルには「こんなベーグルは初めて」と思わせるとっておきの理由が、もうひとつある。それは、世界中をさがしても、おそらく他のだれもやっていないであろうこと。成形の方法だ。

一般的にベーグルは、まず、具材を包んだ細い棒状の生地を作り、その両端をつなげることで円にしている。だが、平野さんの方法は違っている。 「まず、生地を丸い板状に伸ばします。円のふちにそってぐるりと一周具材を置いたあと、外側の生地を引き伸ばしながら、具材を包むように中心に向かって丸め込みます。そして、中心の生地とつなぎ合わせながら整えて行くと、自然と中心に穴が空き、ドーナツ状にできあがります」

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なんでこんな面倒なことを…。

「知らなかったんですよね。ベーグルってどうやってつくるのかって。考えながらやってみた結果なんです。それに、つなぎ目を作りたくなかった。きれいな『丸』が作りたかったんです」

作り方を誰かに習ったことはない。だから、他の人がどうやっているのか、自分のやり方が正しいのか、まったくわからないという。その後、本で読んだ一般的な成形方法でもつくってみたけれど、やっぱり自分流の方がおいしいと感じた。これで行こうと確信した。たとえ、手間と時間がかかろうとも。おそらく、生地が引っ張られ、中心に向かって具材を包み込むときに、複雑なねじれや空洞が生まれ、それがもっちり感を生み出しているのだろうと推測している。本当の理由はわからない。

そうか。誰かと同じやり方で作れば、簡単にある程度の完成度に近づけられるけれど、その人以上のものはできない。自分が見いだしたやり方なら、自分だけのおいしさができるのだ。だから特別なんだ。だから強いんだ。

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店のオープンは朝8時。名古屋地域に広がる「モーニング文化」を取り入れてみようと、朝はコーヒーを頼んだ人には、べーグルをおまけでつけている。オープン当初から始めたこのサービスを続けていくのは、けっこうたいへんなことだけど、それを求めてきてくれる人がいるからと、今もそのスタイルを続けている。モーニングに間に合わせるため、明け方3時ごろから仕込みに入る。今となっては小さく感じてしまうオーブンでは、1回で焼けるベーグルの数はわずか12個。それを毎朝8〜10回フル回転させ、その日に販売するためと、卸先に届けるためのベーグルをつくる。

太陽が高く昇ってきた頃、お客さまがひと組、またひと組とやってきた。外国人観光客や別荘が多いこの地にとって、ここは、朝食のためのおいしいコーヒーと焼きたてのベーグルをいただける貴重な場所なのだろう。常連のお客様と自然に会話をする、平野さんの和やかな顔がそこにあった。

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もうすぐ、もみじ市がやってくる。いつもは私たちがニセコにある平野さんのお店を訪れるけれど、この日は違う。もみじ市の2日間は、私たちが彼らを迎える番だ。

10月19日の早朝、フェリーで新潟に到着する平野さんと美月さんは、その足で多摩川河川敷にかけつけてくる。平野さんのことだから、ひとつでも多くのベーグルを用意しようと、きっと出発の直前まで焼き続け、車に積み込み、運転してくるのだろう。

青く晴れ渡る空の下で、そんな彼らを見つけたら、まっ先に握手を交わそう。そして、こう言おう。「遠くまで来てくれて、ありがとう」と。「ようこそ、もみじ市へ」と。

【SEED BAGEL&COFFEE COMPANYの平野大輔さんと小川美月さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
北海道ニセコ町の有島地区でベーグルとコーヒーの自宅カフェを営んでいる平野大輔と申します。そしてスタッフの小川美月です。よろしくお願いします。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
平野:すぐに頭に浮かんだ色は黄色です。理由はわかりませんが、でも多分黄色なんだと思います。

小川:透明な色。でありたいと思っています、水のような。 時に海のように青く 雪のように白く。大自然と同化していたいのかも 笑

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
ベーグルを出来るだけたくさん、お持ちしたいと思います。

2日目はクレープ屋さんになります。クレープをくるくるーっと焼くのは美月さん担当。平野は全くセンスが無かったです。それとカプチーノ。「カラフル」のテーマに因んでテントをニセコの自然で彩りたいと思ってます。

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

さて、続いてご紹介するのは、天然素材を使った石鹸の作り手。材料となるのは、ハーブ、あずき、白樺。北海道の自然の恵みの結晶がもみじ市にやってきます。

文●わたなべようこ