「みんな、おかえり」
夕暮れ時になると、外に遊びに行っていた猫たちがようやく帰ってきたようだ。器用に自分で網戸を開け、家に帰ってくる猫たちに麻生さんは、母のようにやさしく声をかけ、迎え入れた。飼っている猫はぜんぶで四ひき。みんな外と中を自由に行き来し、日中は家のすぐ裏にある自然豊かな公園に遊びに行ったりして、とても自由に暮らしている。
我が家にも猫がいるけど、まだまだ若いやんちゃ盛り。毎日私のアクセサリー箱を漁っては、なにやら目ぼしいものを見つけては、ぐちゃぐちゃに噛んで転がして遊んでいる。それを見つけるたびに怒るけれど、その数分後にはやっぱりまた、漁っている。
なかでも一番のお気に入りが、麻生さんのフェルトの花のブローチだ。どうやら、ふわふわした「小動物」に見えるらしい。ある日、うっかり箱を開けっぱなしにしていたら、少し離れたところで猫がフェルトを口にくわえて逃亡する姿を目撃。必死に追いかけたけれど、時すでに遅し。猫はフェルトを一瞬でぼろぼろにしてしまった…。悲しすぎて、麻生さんにはすぐに言えなかった。だけど、やっぱりそのフェルトの花たちをまた身につけたかった私は、申し訳ない気持ちになりながらも、麻生さんに相談した。すると、麻生さんはカラっと、どうってことないという風にこう言ってくれた。
「基本、猫が絡むように作ってあるので合格です。今度お直しするよ!」
お直しが、できるんだ。猫のいる家でフェルトを扱う難しさを誰よりも知っているからこその、とっても頼もしい言葉だった。私はほっとして、またこの花を身に付けられる喜びに心が弾んだ。それは、このフェルトの花を買った日の気持ちと、何ら変わることのない嬉しさ。むしろ、この花への愛おしさは、日ごとに増していくばかりだ。
お直しをお願いしたfelticoの作品「hidamari」を初めて付けたときに撮った写真
麻生順子さんは、「feltico(フェルティコ)」という名で活動している羊毛フェルト作家。「feltico」とは、「フェルトのこども」という意味で、「ひとつひとつ時間をかけた手しごとは、想いのこもった自分の分身」というところから付けられた造語である。ひょんなことから参加したハンドメイドフェルトのワークショップをきっかけにして、2004年に作家活動を開始。国内外のギャラリーで展示やイベントに出店するほか、オーダーでブライダルのヘッドドレスを制作したり、ミュージシャンのライブ衣装として、コサージュやピアスを提供したりと、年々活躍の場を広げている。
ピアス、髪留め、ブローチ、バッグやマフラーにいたるまで、たくさんの種類の作品を制作しており、そのすべてが“手しごと”の一点もの。羊毛を、お湯と石鹸をかけて手で圧縮しながら、何層にも何層にも重ねて、一枚のフェルトをつくり、いろいろな形に変え、作品にしていく。ゆっくり丁寧に時間をかけるため、一日に数個しか作ることができないという。
felticoの並んだ花を目の前にしたときの幸福感は、普段アクセサリーを付けることが少ない私にも、「おとめの心」があることを思い出させてくれる。どれにしようかな? どれがいちばん、私に似合うかな? 初めて身に付けるのは、特別な日にしよう! そうして私は、最初につけるその瞬間を想像するだけでつい、ほっぺがゆるんでしまう。
9月末。秋の風が少し吹き始めた頃に、麻生さんのご自宅兼アトリエにお邪魔した。駅から歩いて間もなくすると、たくさんの緑に囲まれた公園がある。そこでは、春に桜や白木蓮の花がきれいに咲くこと、麻生さんの飼っている猫と外でばったり会っても他人のふりをされてしまうことなど、楽しそうに話してくれた。白木蓮の清楚な花は、麻生さんのもっとも好きな花で、鳥が一斉に羽ばたくときのような音をさせながら散る風景が、とても美しいそうだ。
ご自宅に入ると、アンティークの家具や扇風機、近所から採ってきたという草花に迎えられる。窓際には、まるで“標本”のようにガラスケースに保管された花のコサージュや、海で拾った海草が並んでいた。海草は、羊毛のフェルトにどことなく似ている。
「自然の形とか色って、すごいよね」
眺めていると麻生さんは、目を輝かせてひとつずつ解説してくれた。年季が入り味の出たものが好きで、毎月あちこちの骨董市に行っては気になるものを買い、コレクションする。麻生さんの「好き」で埋め尽くされた空間は、懐かしく、ちょっと不思議で、ファンタジーのにおいがする。私は、どこか異国のちいさな博物館に来たような気分になった。
麻生さんのフェルトの作品も、身近な植物などのモチーフを作品にしているけれど、色使いや雰囲気がファンタジックで、普段の何気ないTシャツにブローチを付けるだけでも、胸元のアクセントとなり、ひとつの「物語」が生まれるように感じられる。フェルトが詰まっているため、思ったよりしっかりしているけれど、羊毛だから軽くて、肌にやさしくて、繊細で儚げ。手のひらに乗せれば、まるで「生き物」のような温もりがある。
アトリエは、“生活の真ん中”にあった。麻生さんはいつも、キッチンのすぐ横のダイニングテーブルで作業をしていて、制作の途中、ご飯の準備をしながら、とか、庭で寝ている猫を微笑ましく眺めながら、とか、日々の生活のなかで作品が生まれているという。
私は、麻生さんの家に、猫にぐちゃぐちゃにされてしまった、お気に入りの三つのアクセサリーを持って行った。それを麻生さんに手渡すと、麻生さんはニードルを取り出し、すばやくサッサッサッサとフェルトに刺して、ほんの数分で元のかたちに戻してしまった。
「フェルトは、ボロボロになってきても、また新しいフェルトを足して分厚くして、形を整えてあげれば、長く使うことができます」
「元気でやってるかな。楽しくやってね」。フェルトが麻生さんの手元から離れたときから、麻生さんは、我が子を想うように、「その子たち」を想う。felticoは、フェルトのこども。想いがたくさんこもった、麻生さんの、いとおしい子どもたち。
「もみじ市は、いろいろなものを作ってきて、毎年、自分の成長を見てもらう場所だと思っていて。二年間、いろんな人に出会って、できたものがいっぱいあって。その間に出会った人の数を、みんなに見せることができる場所が、もみじ市」
麻生さんはこの二年間で、どんな人と出会い、どんな色を見つけ、どんな美しい景色を見てきたのだろうか。今回は、そんな二年間の記憶や思いがぎゅっと詰まった、色とりどりの羊毛の花をたくさん持ってきてくれるという。
多摩川緑鮮やかなの芝のうえに、生まれたてのfelticoの花が咲いたら。
それは、小さなファンタジーの、はじまり、はじまり。
【feltico 麻生順子さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
羊毛作家のfeltico(フェルティコ)です。ふわふわの羊毛から花や植物モチーフを中心とした1点もののアクセサリー小物を手しごとで制作しています。日常のきゅんとくるものをカタチに。温度を感じられるものづくりを目指しています。
Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
「黄色」かな。黄色のような、温かみとクールさとPOPさを両方持った人でありたいし、そういう作品をつくっていきたいです。
Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
秋の川原に羊毛のお花がカラフルな彩りを添えるような小春日和gardenにしたいです。わくわくとしながら作ったものが、温度となって少しでもみなさんに伝わればうれしいです。
Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!
さて、続いてご紹介するのは、東京で真摯に野菜を育てるあの農家さん。すくすくと育った美味しい野菜が並びますよ!
文●池永萌