手紙舎は、私の人生を変えた。
手紙舎に出会ってから、私の毎日は、きらきらと輝きだした。
手紙舎がいつもそこにあるということに、私は今まで、どれだけ救われてきただろう。
手紙舎ができてからの四年間は、私にとって、それはもう「奇跡」としか言いようのない出来事の連続だった。
昼間元気に遊びまわっていた子どもたちも、お腹を空かせて、カラスと一緒に家に帰った。そろそろ、晩ごはんの時間だから。きっと今頃、家でテレビでも見ながらくつろいでいるのだろう。そんなことを、仕事帰りに自転車をゆっくりこいで、団地の一軒一軒の窓を眺めながら思う。
人もまばらになり、静まり返った夜の神代団地。聞こえるのは、虫の声だけ。中央の商店街へ続く、まっすぐな一本道を歩くと、大きなヒマラヤ杉が二本、堂々と立っている姿が見えてくる。そしてそのすぐ横には、ぽっと柔らかい明かりの灯る、一軒の小さな店がある。私はその明かりを確認するとほっとして、安堵のため息をつく。ここが、手紙舎つつじヶ丘本店だ。
私はここから徒歩数分の場所に住んでいる。本棚に囲まれて、昔学校の図工室にあったような、木の大きなテーブルがふたつ並んで、ここは、まるで図書館のようだ。手紙舎の裏に自転車を停め、何段もない低い階段を駆け上がり、木枠のガラスの扉をそっと開ける。
「もえちゃんおかえり!」
私に気付くと、いつも当たり前のように聞こえてくる声があった。手紙舎を経営する、北島勲さんと、わたなべようこさんだ。その声は、もうずっと前から、生まれたときから、私のことを知っているような、そんな雰囲気があった。私は最初、その迎えられ方に少しだけびっくりして、だけどあまりにも違和感がなくて、とっても嬉しくて、もじもじしながら「ただいま」と言ってみたのを覚えている。まだ手紙舎がオープンして一年経っていないくらいだったと思う。
手紙舎は、私の「家族」だ。
手紙舎ができた当初は今のカフェスペースが編集室も兼ねていて、編集の仕事をしながら、北島さんや、ようこさん自らが、カフェの接客をしていた。今ほど知名度も無く、古い団地に突如現れたお洒落な空間を、団地の住民や通りすがりの人々が立ち止まって、不思議そうな目をして様子を伺っていた。いろいろな人が出入りして、その度に北島さん、ようこさんは、「こんにちは」と言って立ち上がって、一人ひとりと丁寧におしゃべりをして。私は、編集作業に集中できるのかな? とおせっかいに心配しながらも、ふたりがあまりにもお客さんを嬉しそうに迎えるので、その風景を、おいしいご飯を食べながら眺めているのが、とても幸せだった。ひとりで行っても手紙舎には誰かが必ずいるから、私はいつも、ひとりじゃなかった。
2009年秋、手紙舎は、古本と雑貨、ごはんの店としてオープンした。私は、工事中から毎日なかを覗いては、いつできるかな、何ができるかな、とわくわくしながら、オープンする日を待っていた。プレオープンの日には、真っ先にごはんを食べに行って、そのときのごはんが、本当に美味しくて、雑貨もすばらしい作家さんの作品ばかりで、近くにこんな店ができたことを、誇らしく思った。手紙舎の設計をした井田耕市さんに会えたのも、ちょうどその日だった。
そうして、手紙舎が本格的にオープンするようになってからも、まるで近所に住む親戚の家に遊びに行くような感覚で、ふらっと寄るようになった。すると行く度に、そこで働く人も、お客さんも、徐々に増えている気がした。
ふらっと寄ると、いつも、モノ以外の、何かプラスアルファのプレゼントをもらった。それは、「出会い」だったり、勉強になるようなことだったりしたけれど、そのなかでもいちばんのプレゼントはやっぱり、二年前に「もみじ市の事務局をやらないか」と、北島さんに声をかけてもらえたことだと思う。私はそこで出店者紹介のブログを書かせてもらったことをきっかけにして、作家の活動を始めた。そして翌年には、手紙社主催の京都の紙ものまつりに声をかけてもらって、作家として初めてリトルプレスを制作し、参加させてもらった。何がなんだかわからないうちに事が進んだけれど、今思っても、夢のような出来事だ。それが、今の活動に繋がっていると思うと、やっぱり「奇跡」の出会いとしか、言いようがなかった。
ある日手紙舎つつじヶ丘本店に寄ると、カフェスタッフに、前からずっとここで働いているかのように自然に手紙舎の風景に溶け込み、厨房に静かに佇む、ふわっとしたショートカットの女の子がいた。彼女は、今では手紙舎2nd Storyでシェフを任されている、町田梓さん。
私は彼女に「お帰りなさい、今日はお出かけでしたか」と尋ねられるのがうれしい。彼女が厨房で黙々とパンを捏ねたり、料理をプレートに盛っている姿が、とっても好きだ。それから、2nd Storyは、主にパン中心のメニューが揃っていて、特に、彼女の作るクロックムッシュが好きだ。どっしりチーズがかかっていて、パンはほんのり甘くて、いつまでも食べていたくなる、そんな味。ここでは、少し猫背になって外を眺めたり、大きな口を開けてパンにかじりついたり、時間の許す限り気ままに過ごし、無理をしないで、自分のペースで食べていられる。それは、彼女がいつも自然体でカウンター越しに立っていて、カフェの空気を柔らかく包み込む、まるで空気のような人だからかもしれない。
しばらくして、町田さんがつつじヶ丘本店のシェフになった頃、カフェにまた、ひとりの、フレンチな服装がとっても似合う、お洒落な女の子がいた。彼女は二年前のもみじ市でもボランティアスタッフをしていた、加藤香織さん。「私にしかできないことをやりたい」と、それまで勤めていた会社を辞め、飲食業の道を進むことを決意。手紙舎にスタッフとして入った。今は、手紙舎つつじヶ丘本店のシェフをしている。私は、彼女が手紙舎で働いてくれて、心の底からよかったと思っている。だって彼女の作る料理は、食べ終わった後、誰かに自慢して回ってしまうほど、素晴らしく美味しい。それに、美味しいだけじゃなく、「作品」として素晴らしい。だから毎回その「新作」を食べるのを、私は心待ちにしていた。贅沢な料理は贅沢な空間を作る。いつも「ふふっ」と笑いながらも本当にすごいことをしてしまう彼女は、美味しいごはんを届けるシェフであると共に、鮮やかな食材でお皿を彩るアーティストなんだと思う。
ある日、手紙舎にふらっと寄ったときのこと。関根利純さんがカフェのスタッフとして働いていた。
「群馬に住んでいるのにどうして?」と不思議がっていると「私もよくわからないんですが、働くことになったんです」と関根さん。何十年勤めていた金融関係の会社を退職し、中学時代からの“腐れ縁”である、北島さんの営む手紙社に入社することになった。「関根さんはもみじ市で人生を変えた男だ」と、北島さんは言った。もみじ市には、スタッフとして第一回目から参加していたが「気付いたら(手紙社に)入っていた」と言う。もみじ市の作家さんやスタッフの目の輝きが素敵だったこと、作り上げる喜びに感動したことが手紙社に入った理由で、今では、手紙社の(ひとり)経理部門兼手紙舎2nd Storyの店長。いつか、特訓中だという関根さんの作ったチーズケーキを試食したけれど、チーズケーキというにはちょっとばかり不思議な味だった。だけど、それから何度も何度も試作を重ねた後に食べた、関根さんの汗と涙のチーズケーキは、素朴な優しさに満ちていて、かみ締めるほど美味しさを増した。関根さんは優しい人となりで人をほっとさせる力があるけれど、心は、群馬県館林市よりもアツい。
彼女と出会ったのはいつだっただろう。彼女、とは、野村奈央さんのこと。あまりにも自然に知り合ったので、いつだったか覚えていないけれど、出会って何度目かのとき、夏の、窓を開け放った手紙舎で彼女と自分たちの夢について語り合ったことがある。彼女は、手紙舎で働くのが夢だということ、何度も入社したい旨を北島さんに打ち明けたことなど、こっそり私に話してくれた。それから少し経った頃、その夢が叶ったという。つつじヶ丘本店で働き出した彼女は、とっても穏やかに、柔らかに、少し、内緒話をするみたいに接客をする。私はこの、一所懸命にしてくれる「内緒話」のような声に耳をすませるのが好きだ。彼女が声を発すると、耳に意識がちゃんと行く。よくお客さんと話をしているけれど、彼女自身も、お客さんと話すのがとっても好きなのだと言う。たまに自転車で手紙舎の前を通ると、いつも満面の笑みで大きく手を振ってくれる野村さん。ついつい、今日もいないかなって、何度も手紙舎を振り返ってしまう。
手紙舎雑貨店は一時期、期間限定で調布PARCOに店舗を出していた。最初は手紙社の編集部の人々が店頭に立っていたけれど、いつからか、とっても不思議な雰囲気の女の子、中村玲子さんがレジに立っていた。私がそこで、雑貨を購入すると、小動物のように目をくるくるさせて、その作家さんのお話をしてくれた。その長いまつげの奥はキラキラしていて、作家さんへの尊敬と愛情が、表情からめいっぱい溢れ出していた。やがて柴崎に新店舗が出来た頃、2nd Storyの雑貨スペースに移った。ふわふわした、不思議な国からやってきた少女のような、独特の佇まい、存在感は、手紙舎にぴたりとはまっている。いつでも作家さんの作品のどこがおすすめか、どういう作家さんなのか、客層に合わせながら、丁寧に楽しそうにお話をしている。その姿を見ていたら、もっともっと作家さんのことを知りたくなる。もっともっと雑貨が欲しくなる。そんな、人の心のピュアな欲求を自然と引き出す力は、きっと誰にでもあるわけではない個性だと思う。
とびきり元気な新居鮎美さんを初めて見たのは、手紙舎2nd Storyだった。彼女は、手紙舎に全く新しい風を吹かせた人だと思う。新居さんはたまに、長い髪をゴムでくるっと束ねている。仕事中、邪魔になるからだろう。新居さんがせっせと荷物を運んだり、在庫の確認をしたりと、歩くたびに、ぴょんぴょんと毛先がはねる。そのぴょんぴょん飛び跳ねる毛先が、新居さんのきびきびした動きを強調していて、私はそれを見るたびに、「働くって、いいなぁ」と、すがすがしく思って見ている。元々、徳島で編集者をしていたけれど、結婚して東京に移り住み、雑貨店も「編集」の一環であるという手紙社の考えに興味を持ち、手紙舎で働くようになった。
彼女の働いている姿は美しい。そして何より、いつも笑顔で、ピンと背筋を伸ばして、軽快な足取りで、元気に私たちを迎えてくれる。そんな彼女が働き出してから、雑貨コーナーは、以前にも増してぱっと明るくなったと思う。新居さんに会うと、なんだか嬉しくなってしまう。こっちまで、元気になってしまう。そんな、太陽のような人だ。
さて、長くなってしまったが、この6人が、今、手紙舎の店舗を動かしているメンバー。それぞれの人生のタイミングのなかで、皆、働く場所として手紙舎を選択し、手紙舎をお客さんにとって過ごしやすい空間にするために、常に全力で自らの仕事と向き合う。その姿は、「青春」のようだ。
2013年春にオープンした、手紙舎2nd storyは、入り口から入って手前が雑貨スペース、奥がカフェスペースとなっており、広々としたカウンターや、ゆったりした客席が魅力
「手紙舎を知ったきっかけは何ですか?」
この質問に、彼女たちのほとんどが「もみじ市」と答えた。もみじ市に遊びに来たことがあり、その幸せな空間を好きになって、手紙舎を知った。ここで働きたいと思ったという。
今回、そんな、手紙舎を知るきっかけになったもみじ市に参加できることが、心の底から嬉しそうな彼女たち。毎回手紙社の数々のイベントに参加しているけれど、カフェと雑貨がひとつのお店として一緒に参加するイベントは、意外にも、もみじ市が初めてとのこと。カフェは、ひとつのプレートに色とりどりの野菜や、キッシュなどを乗せたデリを中心に。雑貨は、もみじ市に出店する作家さんとコラボレーションをした、オリジナルのテキスタイルのグッズ等を、数多く揃えて出店する。また、今回は特別に、カフェと雑貨が共同でつくった商品も持ってきてくれるそうだ。
私が見てきた手紙舎は、絶えず常に“動いて”いた。人が入れ替わり、増え、だんだん大きく成長した。だけど、ずっと、変わらないこともある。
たとえば、手紙舎つつじヶ丘店では、ごはんを食べて店を出るとき、必ずスタッフがお客さんを、扉を開けて丁寧に見送る。見えなくなるまで、お客さんをにこにこ見守ってくれる。これは、手紙舎がここにできた当初から、ずっと変わっていないことだ。
とある日の夜、団地の明かりも少しずつ消えていく頃。私は手紙舎のガラスのドアを中から開けて、外に出る。
「おやすみなさい」
静まり返ったなかに、小さく響く声。みんながいつまでも、手を振ってくれる。私も何度も振り返り、手を振り続ける。小さな幸福感で満たされる瞬間があった。
どこでその幸福を感じるかは、人によって違うと思うけれど、きっと、手紙舎に来るお客さんは皆、この「小さな幸福感」を求めてやってくるのだと思う。ある人は素晴らしい作家さんの作品を見ていることに幸福感をおぼえ、ある人は美味しい食事を食べているときに幸福感をおぼえ、ある人は店内に流れるBGMやその空間にいること自体に幸福感をおぼえる。そして、手紙舎を去る頃には、心が柔らかく解き放たれて、今日という一日が、少し輝いて見える。
もみじ市当日、彼女たちはきっと、いつものように全力で、裏では大汗をかきながら、表ではふわっと涼しげな佇まいで、お客さんを迎える。
彼女たちにとって特別な、もみじ市の河川敷の会場で。
お客さんや、食材や、作家さんへの愛を、惜しみなく込めて。
あなたの一日を、きらきらと、輝かせるために。
【手紙舎のみなさんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
こんにちは。手紙舎雑貨店とカフェ手紙舎です。普段は東京都調布市にあるつつじヶ丘と柴崎にある2つのお店で営業しております。雑貨店では、今回のもみじ市にも出店して頂ける作家さんの作品をたくさん扱っています。カフェでも、作家さんの器を使いお料理をお客様のもとにとどけています。手紙舎はもみじ市に出店されている作家さんの愛に囲まれた、そんなお店です。実は、雑貨店とカフェがコラボレーションして主店するのは初めて。今までにない、カラフルでわくわくする空間をお届けします。
Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
「茶色」です。手紙舎の2店舗には常にたくさんのカラフルな個性を持った作家さんの作品が並び、色々なお客様が来店されます。だからこそ、手紙舎のスタッフはプロの黒子になりたいと思っています。作家さんたちの存在を際ださせられる黒子、美味しい時間を過ごして頂けるための黒子、お客様の笑顔になれる場所を作っていくための黒子になりたい! でもスタッフで色について話し合った時に「私たちは黒じゃないね」という結論になりました。ディスプレイやパンやごはんといった、実は隠し切れない特色があるよね、と。だから黒にはなりきれないけれど、私たちはもう少し色の幅があるベース色、「茶色」です。ベージュやダークブラウンのような、個性豊かな黒子がいる場所が、手紙舎なのです!
Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
今回はカフェ手紙舎が考える「これぞビストロ!」というプレートをご用意します。カスレやキッシュ、お野菜をふんだんに使ったカラフルなデリを一つのプレートにのせて、皆さんにお届けします。手紙舎にゆかりのあるクリエイターと一緒に作った、オリジナルの紙ものやテキスタイルなどを持っていきます。今回は、カフェ手紙舎の焼き菓子とコラボした商品も作ります。楽しみにしていてくださいね。
Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!
さて、続いてご紹介するのは、手紙舎を設計したあの人です!
文●池永萌