845「木のもの、木の色、動くもの」

「木の色は何色?」と聞かれたら、多くの人は「茶色」と答えるのではないでしょうか。しかし、木にもさまざまな色があるという感覚を、私ははじめて覚えました。「845」さんの作品に出会って。 

「845(ハシゴ)」は、木工作家の藤本雄策さんとイラストレーターの平田茉衣さんによる制作ユニット。木や真鍮、紙など、「変化を愉しめる素材」を利用して、さまざまな作品を制作しています。おふたりがユニットを組んだのは大学時代。「互いに制作の相談を持ちかけアイディアを出しあう関係が自然と今まで続いているのかもしれない」と話します。木を加工するという工程の難しさをつい意識してしまうという藤本さんの代わりに、平田さんが自由な観点からアイディアを出す。平田さんが平面に描くアイディアを藤本さんが立体に組みたてる。2人のタッグは最強のタッグなのかもしれません。

8451
8452 
845さんの工房には、カラフルな木端が並んでいます。パドウク、ペクイア、パープルハート。耳なじみのないこれらの単語はそれぞれ、赤、黄、紫色の木の名称です。上の写真は木屑。その美しさに、しばし時間を忘れて見入ってしまいました。紫色の木を削ると紫色の木屑が出る。当たり前と言われればそれまでかもしれませんが、魔法にかけられているような気分。ふだん私たちは、人工的に着色されたものに囲まれすぎて、素材自体が持つ色の神秘、雄弁さをすっかり忘れてしまっているのかもしれません。

藤本さんが木の“色”を意識し始めたのは大学生の頃。きっかけは、大学の先輩が作ったオブジェを見たことでした。それは一枚の花びらのような作品だったとのこと。その作品の素材として使われていたのは、真っ赤な木。もちろん、その赤は着色された色ではなく、木が本来持っている色でした。藤本さんのものづくりのきっかけともなった作品ですが、どんな作品だったのか、詳しいことは覚えていないといいます。一目見て衝撃をうけて、その瞬間からすぐさま自分の頭の中の思考に切り替わったのだとか。木にはこんな色があるのか、木の色を自分だったらどう表現するだろう、どうすればこの美しさを伝えられるんだろう。ただ色だけが、その赤い色だけが藤本さんに強い印象を残しました。 

それからは、「木の色」を強く意識するようになった藤本さん。木そのものの魅力をひきだし、伝えるために、オリジナリティあふれ、見る者に強い印象をもたらす作品を生み出していきます。その作品をいくつか紹介しましょう。

8453
こちらは「べろ」を赤い木で表現した作品。藤本さん曰く「この作品を作ったときは、隠れた美しさ、にはまっていたんです。一目見ただけではなかなかわからない、奥に潜んだ美を表現するのに最適なモチーフを探していたら、べろになりました」とのこと。

8454

その次に手がけた作品がpeeping dome。造形にも勿論こだわりを持ってつくられた作品ですが、木の色の豊富さを伝えたくて、あえてさまざまな色味の木を使いました。周囲の評価は、「今にも動き出しそうな躍動感」「のぞき窓の中に広がる、つくりこまれた世界が良い」「造形が美しい」と、素晴らしいものでしたが、木の色の豊かさを伝えようと作った藤本さんからすれば、正直本意ではなかったのだとか。 

8455

そんな中出会ったモチーフが、いまや代表作ともなったバナナ。ペクイアと呼ばれる黄色の木を使ったこの作品は、ともすれば、本物のバナナよりも表情豊かに佇んでいるように見えます。時を経て変化する木の色は、そのまま果物の成熟を表すかのよう。熟した証の黒い斑点=シュガースポットまでも表現されています。はじめてこの作品を見たとき、私は何度も匂いをかいでしまいました。 

一切着色をせずに、木そのものの色だけでどれだけ本物に近づけられるか。バナナを制作すると決めたとき、理想の形状のバナナを探し求めて近所のスーパーに足を運び、とにかく沢山のバナナを見たのだそう。あまりにも真剣なその様子に、「今日はバナナが安いのかしら」と、他の買い物客が集まってきたこともありました、と笑う藤本さん。木が持つ色の美しさや豊かさを伝えるための、いわば象徴として作られたこの作品は、木の色の代弁者と言えるのかもしれません。その作品からは、藤本さんの、色を表現することへの執念のようなものが漂って来ます。

8456

こちらはリンゴ。この皮の色、艶にしばし時を忘れて見入ってしまいます。近くで見ても遠くから見ても、360℃どの角度から見ても、本物と見紛うほどの質感、存在感をもっています。果物シリーズ、次の構想はありますか、と尋ねると、「木の色で作れるものを考えると、柿・さくらんぼ・ぶどうなんかもいいですね。パイナップルもいつかやりたいです。あとはかじられたリンゴ、食べ終わりのリンゴのリアルサイズを作りたいです」とのこと。既に藤本さんの頭の中にはたくさんのターゲットがあるようです。藤本さんの話を聞いてからというもの、果物の形を見ては「これは藤本さんに美しいと認められる形をしているだろうか」と、まじまじと見つめてしまう癖がつきました。

8457
8458

さて、こちらはイロイロな形をした王様とその家来たち、その名もイロイロボタンです。この作品も、もちろん着色をしていません。家来たちの服や王様のパンツ、肌の色は、木が本来持つ色なのです。では、このイロイロボタン、一体どうやって作っているのでしょう? 実はこの作品は、私が845さんを知るきっかけになった作品であり、その作り方を、ずっと知りたいと思っていたのです。そして今回の取材中、そっと正解を教えてもらうことができました。まずは、さまざまな色の木を藤本さんが貼り合わせます。木の無駄が出ないように、またある程度形の印象に変化をつけられるように、余裕を持たせたサイズにすることに注意しながら行う重要な工程です。それを板状に切りだしたものを、平田さんがイロイロな形にカットしていくのです。「決まりきった形や同じ形にはしたくない」と平田さんは言います。そう、845さんの魅力を語るうえで欠かせないもう一つの要素が「形」なのです。

8459

鋭い歯のワニ、赤いとさかをもったニワトリ、ちょろんとした尻尾をもったブタ。どれも、愛くるしいけれど、独特な形をしています。平田さんは言います。

「どの形も本当に手がかかるんです。象だってライオンだって、一筆書きで切れるような形にした方が作業は楽だと思うのですが、それは決して本来の形じゃない。豚の尻尾は細くてかわいいし、ワニの歯や背中はギザギザしている。工程の中でどうしても少し丸みを帯びてしまうワニの歯は、切り抜いた後にもう一度手をかけて尖らせています。ヒツジのモコモコしている部分ももっとゆるい波線にすればとても切り易くなります。でも、そうしてしまうととてもしまりの無い形に見えます」

こちらのzoo pieceもワニとニワトリ以外は、平田さんのイラストをベースに作られています。イラストの特徴、ペンで描いた個性をできる限り優先して、素材や工程と相談しながら、相当の時間をかけて作り上げられた作品です。平田さんのイラストはシンプルなラインで描かれていながら、動きを感じられるものばかり。そして、イラストの中の物語を想像したくなるものばかり。子供や動物の豊かな表情につられて、ふふっと笑みがこぼれます。それは、表現するステージが紙から木に代わっても同じことが言えます。

「優しい線とエッジの効いた線などを複合的に合わせ、雰囲気をつくりあげることを意識しています。私たちが届けたいのはこういう形なんです」 

木そのものが持つ本来の色、素材が木であることを感じさせないような自由な形。無限に広がる色と形の組み合わせを、さまざまな方法で私たちに届けてくれる845さんの作品は、どれも見るだけでは満足できません。いや、満足してもらいたくないのです。どんな触り心地なのか、手に持った時の感触や匂いを、その木の色や形を、実際に自分でさわって確かめてみてください。そして是非おふたりに話しかけてみてください。私が感じた木の色の世界の奥深さを、表情の豊かさを味わっていただけると思います。今回初出店となる845のおふたりは今から気合十分! 色で、形で、そして仕掛けで楽しんでもらいたいと、準備をしてくださっています。皆様どうぞお楽しみに。

【845さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
845です。ハシゴと読みます。木工を主にやる藤本雄策とイラストと時に木工をやる平田茉衣の二人でやっております。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
“暖色”でしょうか。木には青色のような寒色系はあまりないのです。

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
いろんな色の木を使って作った「カラフル」な小物やちょっと動くおもちゃのようなものをいろいろ作っていきます。見るだけじゃなくて触って遊んでたのしんでいって貰えるような場所にできたらいいなと思います。

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

さて、3組目にご紹介する出店者は、赤い自転車が目印のあのドーナツ屋さん。秋風に揚げたてのドーナツの香りを乗せて多摩川河川敷にやってきます!

文●市川史織