monsoon donuts「赤い自転車の豆富ドーナツ屋」(20日)

群馬県前橋市。かつては栄えた県都前橋の中心地。しかし今は、全国でも有数の「シャッター商店街」となってしまったアーケード街を抜け、広瀬側を渡り、小さな交差点を左に曲がると、一軒のドーナツ屋さんが見えて来ます。目印は、店の前に置かれた赤い自転車。「monsoon donuts」がこの地に店を構えたのは、2013年7月9日のこと。私が取材に伺った、ちょうど1カ月前のことでした。

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「季節をドーナツで届けたい」という、岩田真征さん・桃さん夫妻の思いが店名に込められたmonsoon donuts。お店を開くまでの3年間は、前橋市内を中心にドーナツの移動販売をしていました。そのときの“移動販売車”こそが、いまお店の前に停まっている赤い自転車。たくさんのお客様が、赤い自転車を目指してドーナツを買いに来てくれました。

「自転車でドーナツを売りながら、いつかはお店を持つんだろうなって思っていました。焦って見つけるつもりはなかったので、移動販売をしながらなんとなく探していました。シャッターが閉まった、人通りも少ないアーケード街の独特の雰囲気が好きで、この辺りもよく来ていたんです。当初は、アーケード街の中にお店を出す予定でしたが、なかなか話が進まなくて…。そんな時にこの場所が空いていることを知り、すぐに決めました。理由はとくにないんですけど、直感で!」

取材に伺った日、アーケード街は確かに人が少なくて、軒を連ねるお店のシャッターも、ほとんどが閉まっていました。それは、アーケード街を抜けたお店の周辺も同じだったのですが、monsoon donutsにはたくさんの人が集まっていました。

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「お客さんがよく言うんですよ。『初めて来た気がしない』って。なぜでしょうね」と桃さんは笑って話します。うん、たしかに。私も初めてお店に伺ったのに、昔から通っているような、友人の家に遊びに来たような、気兼ねしない、ついつい長居してしまう心地よさ。店内の造作は、真征さんがほとんど一人で手がけたそう。使い込まれた味のあるテーブルやソファー、ドーナツに関連した本、異国を感じさせるオブジェなど、自分たちの「好き」をぎゅうぎゅうに詰め込めんだ店内は、確かに「ほっ」と落ち着ける空間です。けれど、これだけが初めて来た気がしない理由? それだけではないような…。あ! 桃さんの話を聞きながら、店内を見渡しながら、はたと気づきました。それは、真征さん・桃さん夫妻と、お手伝いのチャイさんの存在です。三人が何気なく作り出している温かい空気感がたまらなくいいのです。

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「私、ドーナツが好きなんですよね。片手で食べられる気軽さとか、見た目のかわいさとか。それなのに私、乳製品が得意ではないんです。豆富ドーナツが生まれたきっかけは、そういう理由からです。せっかく作るのなら、自分でもたくさん食べたい。だから、体の負担にならない、どこにもないようなドーナツを作りたいって。けれど、目新しいものが作りたかったわけではなくて、あくまでもスタンダードなもの。食べたときに『懐かしいなー』って思ってもらえる、素朴な味にしたかったんです」

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桃さんが作るドーナツには、昔ながらの製法で作られた豆富(群馬近郊の大豆で作られたもの)が使われています。ほかにも、無農薬栽培を続ける「秋山農園」から仕入れる石臼挽きの地粉、ナッツやスパイスはなるべく有機栽培のものを選ぶなど、素材選びに抜かりがありません。

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油はというと、栄養分がたっぷりの米ぬか油を使っています。確かな食感と理想的なボリュームのドーナツに仕上げるために、独自の揚げ方と温度調整を行っているそう。

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店内に、ドーナツのいい香りが広がって来ました。

「せっかくなので、出来たてをどうぞ」

桃さんの笑顔と一緒に出てきたのは、定番のプレーンドーナツ。どこにもない、だけれどスタンダードなドーナツです。

「美味しい!」

ありきたりな言葉だけれど、第一声はそれでした。これまで食べて来たどのドーナツにもあてはまらない、初めての食感と風味。むっちりとした程よい弾力感と、ひとくち、ふたくちと食べ進めるうちに口中に広がっていく大豆の香ばしさ。「懐かしいなー」と感じさせる、いい意味で素朴に満ちあふれた味。甘さは控えめなのに、十二分に感じられる満足感。気づけば、満面の笑みでドーナツを頬張っていました。

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「あの、ほかのドーナツもいいですか?」。

取材中にもかかわらず、私は、ココア、黒ごまきなこ、麦チョコと3個のドーナツを追加で注文していました。左手にドーナツ、右手にペン、口元は、話をしているのか、それとも食べているのか。3個、2個、1個、お皿にのったドーナツは、取材が終わる頃には0個になっていました。「全部食べちゃいましたね」と桃さん。そう、桃さんには言わなかったけれど、私、甘いものが得意というわけではないんです。一度に4個のドーナツを食べたのは、実は人生で初めて。それくらい、monsoon donutsのドーナツに魅せられていました。 

かつては賑わった前橋市の中心街。しかし今となっては寂れてしまったこの地に、しっかりと根を張って新たな一歩を踏み出したmonsoon donuts。そこには、桃さんの「自信」のようなものが見えて来ます。一軒のお店が街を変える。私たち手紙社がこれまでにいくつかの地方の街で見て来た物語が、この街でも始まるのかもしれない。海外の路地裏にありそうなレンガ造りのかわいいお店を見ていると、そんなゾクゾクとした予感のようなものが、私の脳裏をよぎりました。 

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さて、レンガ造りのお店の前に停まっている赤い自転車。今となってはお店の飾りに…なっているわけではありませんよ! monsoon donutsのおいしいドーナツを待っているみなさんの元へ、赤い自転車は颯爽と出動します。もみじ市の当日は、ドーナツはもちろんのこと、とっておきのコーヒー、オリジナルのマグカップなど、自分たちの「好き」をぎゅうぎゅうに詰めこんで、多摩川河川敷にやって来ます。

秋風に乗ってドーナツの香りがして来たら、monsoon donutsの赤い自転車が、ほら、すぐそこまで来ています。

【monsoon donutsさんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
群馬県前橋市で豆富ドーナツを販売しています。もみじ市にも、卵、乳製品を使わない、体に優しいドーナツを持っていきます。もみじ市限定のドーナツも作れたらと思っているので、楽しみにしていてください。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
赤です。monsoon donutsの自転車の色が赤なので、きっとみなさんも赤をイメージしてくれているのではないでしょうか。

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
ドーナツの色と言えば茶色がベースになるのですが、当日はカラフルなドーナツもご用意できればと思っています。どんなドーナツになるのかは、当日までのお楽しみです。

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

お次にご紹介するのは、チョキチョキチョキ・・・。河川敷では聞きなれない音が聞こえてきます。4組目は、ハサミを使って髪も心も晴れやかにしてくれるあの方です。

文●新居鮎美