CICOUTE BAKERY チクテ ベーカリー「自家製酵母のパンとsandとお菓子たち」(20日)

ちいさな女の子がひとり、パンが入った紙袋を両手でぎゅっと抱えて店から出てきた。こちらをちらりと見て、小走りに団地の中へと去っていく。

東京都八王子市南大沢にある、緑豊かな団地の商店街。静かな時間が流れ、空が大きくひらけた気持ちのよい場所だ。今年3月、この場所へ引越してきたパン屋さんを訪ねた。

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CICOUTE BAKERY チクテ ベーカリー」。自家製の酵母と国産の小麦を用いて、酵母と対話をするように一つひとつのパンを丁寧に焼いている。店に入り、しばらくすると工房から真っ白なマスクと頭巾を着けた店主の北村千里さんが、ぱたぱたと急ぎ足でやってきた。「どうぞ」と、商店街の広場を臨むテラス席に案内してくれた。

美術大学で陶芸を学んでいた北村さん。なかなか思うように形に出来ず、自分にはあまり向いていないのかも、と思ったという。その後、興味があった8mmフィルムの学校に通っていたが、お金がかかるため並行して不定期でテレビやCMの美術制作のアルバイトをするようになるが、やはりこれも向いていないのかも…、と感じていたある日、ディスプレイ用のパンを見て、「これだ!」と思い立ったそうだ。すぐにカフェベーカリーでのアルバイトを開始。ある日先輩にもらって興味をもったのが、自家製酵母のパンだった。当時は自家製酵母のパン屋さんも、その作り方を教えてくれる本なども今のようにはなかったのだが、そのパンを口にしてはっきりと分かったことがあった。

「酵母からつくっても、生地は発酵するとしっかりとふくらみ、香り豊かなパンが焼き上がる。そのすべてのプロセスに感動したんです。バターやミルク、副材料を使わずに、酵母・塩・水・粉だけでこんなにおいしいパンが作れるなら、やっぱり自分はこっちだ! 酵母からつくるパンをつくろう、そう思いました」

その後、何軒かのパン屋で酵母パンの基礎を学んだ後、雑貨屋で働いていた友人とともに、28歳までに自分たちの“場”をつくろう、と目標を決めた。友人はカフェ、そして北村さんはパン屋さんを。28歳が終わる間際、そんな思いが形になったのが下北沢にあった「チクテカフェ」と、町田市にあった「チクテベーカリー」だった。チクテカフェは惜しまれながらも昨年閉店したが、そのカフェへパンやマフィンを提供していたチクテベーカリーは、今は東京・八王子市へ引越し、新しい街で大人から子どもまで、幅広い年代の人々に愛されている。町田の店舗も準備が整い次第再オープンする予定だ。

北村さんの話を聞いていると、これまでが平坦な道のりだったとは口がさけても言えない。パンを焼いて、車でカフェへ配達。梱包して、卸用に発送。初めはすべてひとりでやっていた。配達の帰り道、工房近くにたどり着いても当初は周りに何もなく、暗くて静かでさみしくて、よく泣いたという。それからも配達中の事故、ヘルニアの手術、と波瀾万丈なパン人生だったわけだが、そんななかでもどうして続けてこられたのだろう。

「自分が世に対してできることは“パン”しかないと思っていました。誰かを喜ばせることができるとしたら、私にはパンしかないなあ、と。おいしいものは人を幸せにできるから。人とコミュニケーションをとるのが苦手で、パンがあるといろんな人と会話できるんです。パンがあるから、人のためになることができる。パンがない生活は、きっとつまらないです」

普段とても謙虚で恥ずかしがり屋な北村さんが、そうやって力強く話してくれた。この言葉を聞いた瞬間、僕はこのつくり手を、そしてこの人がつくるパンをもみじ市で紹介できることを、心から幸せに感じた。つくり手の精神は、その人が生み出すものに宿る。素晴らしいパン屋さんに出会えたことを確信したからだ。 

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チクテベーカリーのパンには、洗練された美しさがある。美しさといっても、見た目だけのことではない。イメージに合った食感、練り込む材料と生地との一体感、香りから余韻を味わうまでのストーリー。食べる人がそのパンに出合い、味わうまでのすべてが“ベスト”なのだ。 

「パンは結果。すべてが出ます。上手くできなかったのはなぜか、原因を見つめていくことの積み重ねです。スタッフにも『生地の声を聞け』と冗談っぽく、言います。本当は冗談ではなく。パンを食べる人がどう感じるか、その目標とする最終地点をまずイメージして、ではそのゴールに行くために、生地はどうさわってほしいのか、どれぐらい寝かせてほしいのか、湿度や外気温にも左右される中、生地と対話しながらその日のベストを尽くします」

同じ種類のパンが並んでいても、おかしな形のものはない。チーズを包んだパンをかじると、片寄らず、真ん中におさまっている。片方かじって、中身が口に入らなかったらがっかりしてしまうからだ。「たとえば、それがつくる側にとっては20個つくったうちの1個だとしても、お客さまにとっては大切な1個なんです」と北村さんはいう。

取材中も、たくさんのお客さまが店を訪れていた。近くに住む人も多いのだろう。スタッフの方と和やかに話していた。気づいたことがある。多くの人が“お気に入りのパン”をもっているのだ。パンを選ぶのがとても早いのだ。今思い返せば、あのちいさな女の子もすぐに店から出てきた。マンゴーの入ったパンが大好きで、よくひとりで家族の分も買いにくるという。

もみじ市には新作のパンも登場するそうで、ただいま準備中とのこと。そのパンもきっと誰かのお気に入りになるにちがいない。

【CICOUTE BAKERY チクテ ベーカリー 北村千里さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
「CICOUTE BAKERY チクテ ベーカリー」と申します。以前の多摩境のお店から今年3月に八王子市南大沢の団地の商店街に引っ越ししました。ゆっくりゆっくり酵母と対話しながら自家製の酵母と国産の小麦で作るパンです。かみしめて粉の甘みと酵母の香りをたのしんでいただけるとうれしいです。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
パン色、または粉色。いつも粉まみれなので。

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
ドライフルーツやナッツ、チーズのパンなどの定番のパンから、お菓子やサンドなど、サンドはイベント時のみのものもご用意します。テーマに合わせてカラフルな(?)パンもご用意できたらと思います。お楽しみに。

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

さて、続いてはもみじ市の名物のひとつ。ポスターにも乗っているぐるぐる巻きの“あれ”の作り手をご紹介します!

文●柿本康治