こばやしゆう「陶」

私たちはなんて、いろいろな物事に“とらわれて”生きているのだろう。

髪を二つに編みこんで、土の色をした膝上丈のワンピースを身にまとい、とびっきりの笑顔で迎えてくれたゆうさんを見たとき、私はそう思った。

それから両手にたくさんの荷物を持ってきてしまったことを少し後悔していた。たった数時間しかここにいないのに。

ゆうさんの家からまっすぐ松の木立の方へ向かうと100歩程でもう海だ。ゆうさんが松の木立へ登る前にサンダルを脱いだから、私もまるでゆうさんのおうちに来たみたいな気分でサンダルを脱ぎ、裸足になった。胸がどきどきしていた。それからまた少し歩いていくと、そこには大きく広くパーっと拓ける風景があった。

海だ。ここがゆうさんの海だ。

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ゆうさんは、私よりずっと先に行って、白い砂浜のうえで自由だった。「なかなか裸足になることないでしょ?」そう言いながら、ちくちくと草の生えた砂の上の歩き方を教えてくれる。

波の音が心地よく耳に届く松の木の下で、私たちはいろいろなお話をした。

早朝に起きて、朝焼けを眺め、コーヒーを飲み、レーズンを何粒かかじる。そうして創作をし、海で4km泳いで、暗くなるまで浜辺で本を読み、よるごはんを食べて、浜辺にテントを張って眠る。ゆうさんは時計を持たないけど、困ることはないと言う。

「人が居る場所なら人に聞けばいい。人が居ない場所なら太陽が教えてくれるでしょ。」

それがゆうさんの暮らし。

ゆうさんは浜辺に手作りのおやつを持ってきてくれた。クッキーみたいだけど、もっと分厚くて、かたくて、ごつごつしていて、ゴマが入っている。これは一体なんだろう? 一口かじる。今までに食べたことの無い味がした。

「何だとおもう? 六種類のものが入っているよ」 

咀嚼してまた考えてみたけど、それが何だかさっぱりわからなかった。

「塩のビスケット」

ゆうさんは教えてくれた。それを聞いたあとも、私は何がどの味なんだかよくわからなかった。

ゆうさんの作った陶器でお茶を飲んだ。その陶器をそっと両手で包み込めば、作ったゆうさんの手の温もりまでも感じられて、口に当たる感じも滑らかで、とってもやさしくて、冷たいお茶の美味しさが一層際立った。

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こばやしゆうさんは、陶芸家だ。こばやしゆうさんは、絵描きだ。こばやしゆうさんは、写真を撮るし、文章も書く。こばやしゆうさんは、旅人で、こばやしゆうさんは、アスリートである。

ゆうさんはあらゆるものをそのときの自分に合った方法で表現する人だから、何をやっている人か、だなんて、一言で言い表すことができない。けれど、あえて聞いてみた。ゆうさんの職業はなんですか?

「旅芸人です」

ゆうさんはときに、地方で行われるトライアスロンなどのスポーツ競技の大会に出て(競争はだいきらいだけど)、大好きなかぶりものをして、わざと一番最後にゴールする。その他にも、ロングボードの上に立って、お茶目なポーズをとったりする。根っからの「パフォーマー」である。

それにしても、まさか作家ではなく芸人という答えが返ってくるとは。ゆうさんはやっぱりゆうさん、としか言いようがなかった。

ゆうさんのおうちにお邪魔したとき、そこらじゅうに陶のワニや紙でつくったワニ、絵本になったワニがあった。みんなごつごつしていて、強そうで、やんちゃそうで、ずる賢そうで、何をしでかすかわからないような、そんな目をしたワニ。だけど、どこかほっとけない魅力があるのがゆうさんの作るワニ。今回のもみじ市では、このワニの作品をたくさん連れてきてくれるという。

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テーブルの上には「かきごおり」という絵本があった。今年の夏に作った絵本。「それはかきごおりを食べてるときじゃないと読んじゃいけないの」とゆうさんが言ったので、残念だけどあきらめた。

だけどその後、松の木の下にゆうさんはこの絵本を持ってきてくれて、「かきごおりは無いけど、きょうは特別だよ。」と言って「おはなし会」をしてくれた。その話は、ワニと、かきごおりと、しろくまが出てきて、あまりにも不思議で、あまりにもおかしかったので、私はお腹を抱えて笑ってしまった。ゆうさんはとっても楽しそうに本を読んだ。

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そろそろお別れの時間がやってきた。帰り際、ゆうさんはおうちの前の小さなちいさな畑から何枚かバジルを摘み、「これはお土産。帰り道かじって帰ってね」と私の手のひらに四枚、そっと置いてくれた。それから「これは、とっておき。今食べてね」と言って、また別の葉っぱを一枚くれた。葉っぱをかじってみる。「甘い!」びっくりした私にゆうさんは「何だとおもう?」と聞いた。さっきのビスケットのように、やっぱり今まで食べたことの無い味がした。何度もかじって、だけど、私にはそれが何だかさっぱりわからなかった。ゆうさんは教えてくれた。

「ステビアだよ」

帰りのバスのなかで、私はたくさんの荷物が入った大きなリュックサックを両腕でぎゅっと抱えながら、ゆうさんにもらったバジルの葉っぱをちょっと齧って、ゆうさんと過ごした夢のような一日を忘れないように、忘れないように、何度も思い出して目に焼きつけた。

ゆうさんはこの日、いつからか忘れてしまったようなことや、知らなかったことをたくさん教えてくれた。それから、ゆうさんと話していると心の中がすーっと落ち着いて透き通っていく感じがした。

ゆうさんにとって海は自分をリセットできる場所なのだそう。海を眺めたり、海で泳いだりすれば、何か考え事があっても「まぁ、いっか!」と思える。ゼロに戻すことができる。海がゆうさんにとって、自分をリセットできる存在ならば、ゆうさんも、相手の心を知らないうちにリセットしてしまう、そんなパワーを持つ海のような人だった。

太陽が昇るすこしまえ、ゆうさんは目覚める。元気いっぱいに魚と海を泳ぎ、浜辺で本を読み、ごはんを食べて、眠って。そうしてまた、あたらしい太陽を迎える。

きっと、ゆうさんの暮らしに憧れるひとは多くて、だけど、それは簡単にできることじゃなくって、だからこそ、ゆうさんは母のように強くて、少女のように自由で、ゆうさんの作品にもとっても大きな「力」を感じるのだと思う。

東京・調布の多摩川河川敷の芝生のうえで、こばやしゆうさんの「作品」と、こばやしゆうさんの「感覚」に触れてみてほしい。きっと、忘れかけていたたくさんのことをふっと思い出させてくれて、「ここ」よりもっともっと遠く、輝くはるか海のむこうまで、私たちを連れて行ってくれるから。

【こばやしゆうさんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
こばやしゆうと申します。形を作るのが私、あとは、土と火の力で生まれるやきものを作るのが主な生業です。ごつごつとした荒土にとても魅力を感じます。木や、鉄や、朽ちていく素材を使い、暮らしの中で使いたいものや意味不明のものを作ることも嬉しい手仕事です。絵を描くことに、至上の歓びを感じたりもします。そのとき時間は止まります。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
たぶん、色はない、です。ひそやかな望みとしては無色透明になりたい。

好きな色はあります。無彩色では、白、黒(消炭色)。あでやかな色では、古代紫、紅柄色、駱駝色、玉虫色、蜜柑色。

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
作品は陶でつくった鰐です。陶の器も並びます。ゲンジツ、私の暮らしはとても地味です。淡々としています。原色の華やかさはありませんが、漆黒から群青色、藍から、曙色に染まる明けの空に毎日感動しながら朝を迎えます。私の使う絵の具のどんな色にもかないません。銅版画の2014年カレンダーもつくりました。12ヶ月の物語のように描きました。365日毎日、あなたの暮らしの友のように添いたいな、と思います。実物を見にいらしてください。

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

さて、続いてご紹介するのは、初めての参加となる革の作家さん。ハチのマークが目印ですよ。

文●池永 萌