chiho yoneyama cogin works「色とりどりのこぎん刺し」

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8月初旬の猛烈な暑さの中、私は長野県松本市へ向かった。今年初めてもみじ市に参加してくださるこぎん刺し作家、米山知歩さんに会いに出かけたのだ。

もみじ市をお休みしていた2年の間じゅうずっと、頭の片隅では「次に開催するならお誘いしたい方」を探していたように思う。そして、まさに彼女はその一人だった。はじめて彼女の作品に出合った時から、彼女の作品と彼女自身に深く深く、魅かれていたのだった。だから、もみじ市の取材を始める時は、まず最初に彼女に会いに行こうと決めていた。初めてもみじ市に出て下さる作家さんの言葉は、いつも私の心を奮い立たせてくれる。だから、私にとって本当の意味での今年のもみじ市の始まりは、この日になるような気がしていた。

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知歩さんとはじめてお会いしたのは、今年の2月。手紙社がはじめて行った『かわいい布博』というイベントに参加してくれたときだった。こぎん刺しのような、地方に伝わる伝統技法を受け継ぐ作品は、ともすると、その地を訪ねたお土産として購入することはあっても、日常で使うものとして魅力的に映らないない場合も多い。ところが、知歩さんが作る作品は、毎日の洋服にさりげなく身につけたいと思うような、かわいらしさとクールさがちょうどよく混じり合った素敵な作品ばかりだった。会場内のたくさんの作家さんの作品の中でも、ひときわ私の心を惹き付ける魅力を放っていた。

取材に伺ったのは、その一画にアトリエを構えたご自宅であり、築300年という平屋の一軒家。周囲は田畑で、遠くには山々がぐるりと取り囲むように連なっている。揺れる稲穂とセミの声は、『日本の夏の風景』そのものだった。古い家屋は、奥に入ると薄暗く、少しひんやりしたけれど、知歩さんのアトリエは光が入る分少し蒸し暑く、時おり通る風が余計に涼しく感じられた。知歩さんはこの3月に東京から夫の実家であるこの家に移り住んだ。蔵にあった埃まみれだった家具を集めたという部屋は、きちんと整頓されていて、とても静かで落ち着く。

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「冷房がなくて。暑くてすみません」。そう言いながら、キンと冷えたハーブティを運んできてくれた。半年ぶりに会う彼女は、以前よりも大人の女性らしい落ち着きを放ち、キリリとしているように感じた。そもそも『こぎん刺し』とは、300年以上前に津軽地方で生まれた伝統技法で、麻の生地の布目を埋めて寒さを防ぐため、また、野良着と呼ばれる作業服の補強のために施されたのが始まりだった。その後、仕上がりの模様の美しさにも注目され『こぎん刺しが上手な嫁が良い嫁』と言われた時代もあったという。青森では、現在も中学校の家庭科の授業で習うほど、こぎん刺しは一般的だそうで、青森県出身の知歩さんももちろん、その授業を受けて育った。ただ「おばあちゃんがやるもの、というイメージがあった。素敵なものという印象はなかったですね(笑)」と、当時を振り返る。

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彼女がこぎん刺しを本格的に始めたのは、およそ3年前。なぜ大人になってから、そこへ辿りついたのだろう。

「もともとデザインの仕事をしていたのですが、プロダクトデザインやグラフィックデザインなど、工業製品のデザインがほとんどでした。でもほんとうは、自分の手で完結するものが作りたかったんです。革小物、布雑貨と、何を作りたいのかわからず、いろいろ作ってみました。ただ、作ってみては『あ、違う』の繰り返しで、なかなか夢中になれるものが見つからなくて。そんなとき、久しぶりにこぎん刺しを思い出したんです」

ぐるりと一回りした後に立ち戻ったところは、自身が生まれながらに目にしていたものだった。とはいえ、最初は思うようなものが作れなかった。けれど、やっていくうちに『これなら』というものができるようになり、せっかく作るなら、誰かに使ってもらうものを作りたい、自分の作品が暮らしの中にある姿が見たいと思うようになったのだと言う。

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「こぎん刺しには、私の地元愛があるんです。青森を離れて10年くらいになるのですが、どこに住んでいても『地元のものに触れられている』という安心感がある。私がここまで続けられているのは、ただ『楽しいから』というよりも、地元への愛着や故郷への執着心から。青森がすごく好きだから。帰ることはないけれど、それに関わっていたいと思うんです」

ひとつひとつの言葉を噛み締めるように、知歩さんは言った。離れていても、地元を愛し、誇りに思う気持ちは誰にでもあると思う。そう、私自身にも。それを形にしている姿が、羨ましくもあり、美しく思えた。

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知歩さんが作る作品は、ただただ伝統をそのまま受け継ぐのではなく、模様のデザインから製品として完成するまで、すべて自身でデザインし、仕立てている。基本を守りながらも、自由にするところは、自分流に。自分が身につけたいと思うような「かわいくなりすぎず、大人の女性が身につけたいと思うかわいらしさ」というラインを、自身の中でしっかりと築き上げている。

オリジナルの模様にはすべて名前がつけられ、それぞれに物語がある。たとえば、『雪の日』(写真右下)という図案。 「東京で最後に作った柄。これを見ると、すごく寂しくなるんです。今年3月に引っ越してきたんですけど、その前にすごく雪が降った日があって、外に出るものいやで。家にこもって作ったのがこの柄でした」

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そろそろ取材も終盤にさしかかる頃、知歩さんはこんなことを話してくれた。

「何年か前に、もみじ市に行ったことがあるんです。そのときは、すごい人で。結婚前にダンナさんと2人で行ったのですが、『なにこれ?』って(笑)。彼に、説明しながら歩き回ったのを思い出します。実はその時、まだ私は作家活動をしていなかったのですが、いつかこういうところに参加できるくらいになったらいいよね、と話をしていたんです。それがホントになった! と思って。『あの、もみじ市からお誘いがきた!』って」

キュッとひとつに髪を束ね、キラキラした表情で話す知歩さん。よく見ると、髪を結んだヘアアクセサリーの模様もこぎん刺しであることに気づいた。聞けばそれは、「kamome」という模様なのだと言う。青い空を自由に飛びまわる、白いカモメたちを描こうとデザインされたもの。それは知歩さんの、生きる姿にも似ている。故郷を離れ、都会暮らしから夫の実家のある地に移り住みながらもなお、しなやかに、たくましく自身の表現を続けている、彼女の姿に。

「もみじ市では、『カラフル』というテーマにちなんで、いろんな色の作品を一同に見せる、ということをやってみたいと思っています。糸は自然素材で染色したものを使っているのですが、その季節、その気候などで、二度と同じ色が出せないものばかり。そんないろんな色を一斉にならべて作品に落とし込んだらきれいだろうな、と思って」

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取材を終え、松本を後にする車の中で、私の心は清々しかった。やっぱり、彼女に会って、彼女の言葉を聞けてよかった。彼女が作る作品が、いっそう好きになった。これがもみじ市だ。2年ぶりのもみじ市が、今年のもみじ市が始まったのだ。

数年前、もみじ市の会場を歩きながら、いつか自分もこの場所に、と思いを馳せていた女性は、その後作家になり、その思いを叶えようとしている。その何年もの思いをぎゅっと詰め込んで、彼女は秋にこの場所にやってくる。

キラキラした笑顔と、美しい作品をたくさん携えて。

【米山知歩さんに聞きました】
Q1 もみじ市に来てくれるお客様に向けて自己紹介をお願いします。
こんにちは、米山知歩です。青森の伝統工芸「こぎん刺し」の技法を用いてものづくりをしています。故郷の伝統を大切に思いながら、今の暮らしに自然に寄り添う「こぎん刺し」のあり方を考え制作活動をしています。

Q2 今回のテーマは「カラフル」ですが、あなたは何色ですか?
青! だったのですが、最近になって緑に変化してきたように思います。

Q3 今回はどんな作品をご用意してくれていますか? また「カラフル」というテーマに合わせた作品、演出などがあれば教えてください。
自然の恵みから生まれた、色とりどりの草木染めの糸を使った、こぎん刺しのアクセサリーを制作いたします。ご自身のお気に入りの色を見つけていただけると幸いです。

Q4 ご来場くださる皆さんにメッセージをお願いします!

さて、続いてご紹介するのは、子どもたちを夢中にさせるあの人です。

文●わたなべようこ